世界大百科事典(旧版)内の佐蹟の言及
【藤原佐理】より
…【目崎 徳衛】 佐理は三蹟の一人に数えられる平安時代の書家として,〈さり〉とも通称される。その書跡を〈佐蹟〉という。書芸は生前から名高く,一条天皇も大宰府に赴任していた佐理にはるばると手本を求め,また入宋する僧侶に託して日本書芸の代表として佐理の筆跡をおくったという。…
※「佐蹟」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
…【目崎 徳衛】 佐理は三蹟の一人に数えられる平安時代の書家として,〈さり〉とも通称される。その書跡を〈佐蹟〉という。書芸は生前から名高く,一条天皇も大宰府に赴任していた佐理にはるばると手本を求め,また入宋する僧侶に託して日本書芸の代表として佐理の筆跡をおくったという。…
※「佐蹟」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
乞巧奠〈公事十二ケ月絵巻〉〘 名詞 〙 陰暦七月七日の行事。乞巧は技工、芸能の上達を願う祭。もと中国の行事であるが、日本でも奈良時代以来、宮中の節会(せちえ)としてとり入れられ、在来の棚機津女(たなば...