《日本論》(読み)にほんろん

世界大百科事典(旧版)内の《日本論》の言及

【戴季陶】より

…孫文死後国民党右派の反共理論家となり,孫文思想を儒教の継承と解釈し,共産主義から峻別した。日本の社会,文化に精通した彼は,田中義一内閣の政策批判を最大の眼目として,《日本論》(1928)を著したが,戦前戦後,数回翻訳されたにもかかわらず,顧みられることが少なかった。【藤井 昇三】。…

※「《日本論》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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