聖像破壊(読み)せいぞうはかい

世界大百科事典(旧版)内の聖像破壊の言及

【イコン】より

…一方,6世紀エジプトのコプト教会に属する,より非現実的な抽象性の濃いイコンの存在も知られ,イコン成立の経緯の複雑さがうかがえる。8世紀から9世紀にかけてビザンティン帝国を揺るがせたイコノクラスム(聖像破壊)の渦中に,既存の作例の多くが失われたが,危機を克服した聖像擁護派はイコンに明確な神学的論拠を与えることになった。イコンはそれを拝する者の心を不可視の原像,神の本質へ導くものと規定されたのである。…

※「聖像破壊」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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