方言

中日辞典 第3版の解説

[少知識]方言 fāngyán

❶ 漢語・方言・共通語

 日本で一般に中国語と呼ばれているものは,中国の全人口の9割強を占める漢族の言語(“汉语Hànyǔ”)をさすことが多い.漢語は決して均質なものではなく,内部に非常に多くの“方言”を含んでいる.たとえば,カンフー映画に出てくる広東語,中国最大の経済力を誇る上海で使われる上海語,海外華僑に多い客家(はっか)語や閩(びん)語(福建語)など,長江(揚子江)以南には,北方に広く分布する官話とは異なる多彩な方言がある.

 各方言の違いはきわめて大きく,もしこれがゲルマン諸語やロマンス諸語であれば,互いに別々の言語と見なしてよいほどである.現在では各方言区の人々は日常生活では方言,公の場では共通語という二重言語生活を送っている.共通語としての中国語は“普通话pǔtōnghuà”といわれ,北京語の発音と北方方言をもとにつくられたものである.

❷ 七大方言

 主な漢語方言には“官话Guānhuà〔北方〕方言”“吴方言”“湘Xiāng方言”“赣Gàn方言”“客家Kèjiā方言”“闽Mǐn方言”“粤Yuè方言”の七つがある.

 各方言は語彙や文法的な違いもあるが,音声面での差異が最も大きい.以下,それぞれの分布地域と主な音韻的特徴を述べる.なお,文中の「入声(にっしょう)」というのは,音節末尾が「ップ[-p]・ッツ[-t]・ック[-k]」などのようにつまって終わる特別な声調のこと,「声母」とは音節の最初に現れる子音,「韻(母)」とは音節から声母を除いた部分,「中古音」とは隋・唐代の標準音のことである.

a 官话Guānhuà方言(北方方言)

 官話とは役人の交際語という意味である.中国全土が統一され官僚機構が整備されるとともに,中原域に広く浸透し,全国共通語の基盤となってきた.現在では漢族の7割がこの方言を使用している.共通語のもととなっている北京方言が最も代表的である.

 音韻的特徴は,濁声母がなく,清音のみであること.入声はごく一部地域を除き消滅(例:六liuk>liou).-mで終わる韻尾は-nとなり(例:深-m>-n),声調の数は3から7で,“普通话”の四声のように4声調の地域が最も多い.また北京方言では,巻舌(けんぜつ)音といわれる舌をそらせる声母や,末尾韻のr化韻,単語や文に現れる軽声なども特色として挙げられる.

b方言(呉(ご)方言)

 長江以南の江蘇省・浙江省・江西省の一部に分布する.寧波(ニンポー)あたりを境として,北部方言〔上海〕(注:〔 〕内はその中の代表的な方言を示す.以下同じ)と南部方言〔温州〕に分かれる.

 音韻的特徴は,日本語のように濁声母があること.もと入声は,すべて声門閉鎖音[-ʔ]として残る.鼻音韻尾の-mが失われ,-nと-ngの区別もない.声調の数は5から8.多音節語の多くは連音変化を起こす.

cXiāng方言(湘(しょう)方言)

 湖南省・広西チワン族自治区の一部に分布する.普通,新湘方言〔長沙〕と老湘方言〔双峰〕に下位分類される.

 音韻的特徴は,濁声母がかなりの地域で保存されていること.入声韻母は,声調の区別として一部地域を除き残っているが,末尾子音は消失.-m韻尾,-ng韻尾は-nに合流している場合が多い.声調数は5から6.

dGàn方言(贛(かん)方言)

 江西省(南部を除く)・湖南省の東部に分布する.

 音韻的特徴は,濁声母がなく,すべて清音であること.-m韻尾は一律-nに合流,声調の数は6から7のところが多い.入声の保存の程度は地域によって異なり末尾子音がすべて区別されたり,または一部しか区別が残っていないところがある.

e 客家Kèjiā方言(客家(はっか)方言)

 客家とは北方から南方に移住してきた漢族のある一派をさす.主に広東省東部中部・福建省西部・江西省南部・台湾西北部に分布するが,これらの地域以外でも華南地方を中心として各地に点在している.広東省東部の梅県方言が最も有力である.

 音韻的特徴としては,韻尾が中古音の体系をそのまま保存し,-m,-n,-ngが区別され,入声韻尾の-p,-t,-kと相対応している(入声が一部失われているところもある).濁声母は消滅し,すべて無声有気音となっている.声調数は6から7.

fMǐn方言(閩(びん)方言)

 福建省(西部を除く)・広東省の東部および雷州半島・海南省・台湾に分布する.福建省の方言は,大きく沿海部方言〔福州・莆田・廈門〕と内陸部方言〔建甌・邵武・永安〕に分かれる.福建省以外の地域で話されている閩方言は,だいたい沿海部方言の一派である“闽南话Mǐnnánhuà”に所属する.

 音韻的特徴としては,濁声母がほとんどの地域で無声無気音に変化している.入声韻尾をすべて保存している地域が多い.声調の数は一般に7つで,連音変化が複雑である.

gYuè方言(粤(えつ)方言)

 広東省・広西チワン族自治区および香港・マカオに分布する.広州市と香港の方言が最も有力で,普通,カントン語と呼ばれている.

 音韻的特徴としては,濁声母は清音に変化.入声は-p,-t,-kをすべて残し,-m,-n,-ngと対応する.声調の数は9から10で,漢語諸方言中最も多い.多くの方言で短母音のaと長母音のaを区別する.

❸ 内部差が大きい南方諸方言

 北方の官話方言は広大な地域に分布しているにもかかわらず均質的である.黒竜江省ハルビン市と雲南省昆明市は直線距離で3千キロ以上あるが,両地の人はさほど困難を感じずに会話をすることができるという.一方,南方の六方言は,各方言間の差異はもちろんのこと,各方言内の下位諸方言間の差異もきわめて大きい場合が多い.福建省の福清県と莆田県は直線距離で50キロしか離れておらず,ともに沿海部閩方言に属するが,両地の言葉はほとんど通じない.

 歴史的にみて南方諸方言は官話方言に比べ,古い漢語の特徴をより多く保存している.たとえば,贛方言(一部)・客家方言・閩方言(一部)・粤方言では,入声が隋・唐代の発音に近い状態で残されている.このことは当時の中国の発音を輸入した日本漢字音と比較するとよくわかる.たとえば,広州方言で「得(とく)・列(れつ)・急(きふ)」を「タックtɐk・リッツlit・カップkɐp」と発音する.また,古い語彙(あるいは意味)がしばしば南方の方言に生き残っている.たとえば,「鍋(なべ)・釜(かま)」「箸(はし)」を意味する閩方言の“鼎”“箸”,「飲む」を意味する粤方言の“饮”(ヤムチャ“饮茶”のヤム),「お湯・温泉」を意味する福建省東北部の閩方言の“汤”などがその例である.

出典 中日辞典 第3版中日辞典 第3版について 情報 | 凡例

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