サロー(Lester Thurow)(読み)さろー(英語表記)Lester Carl Thurow

日本大百科全書(ニッポニカ) の解説

サロー(Lester Thurow)
さろー
Lester Carl Thurow
(1938―2016)

アメリカの経済学者。モンタナ州リビングストンに生まれる。36歳にして「200人の新進気鋭リーダー」(『タイム』1974年7月15日号)の一人に選ばれた。1984年よりアメリカ芸術科学アカデミーの会員。1993年アメリカ経済学会の副会長。1962年オックスフォード大学で経済学修士、1964年ハーバード大学で経済学博士。「ニュー・エコノミックス」を推進するジョンソン政権の大統領経済諮問委員会のスタッフ・エコノミスト(1964~1965)を務めた後、ハーバード大学経済学部助教授(1966~1968)を経て、1968年よりマサチューセッツ工科大学MIT)経済・経営学教授に就任。1987~1993年はMIT経営学大学院スローン・スクール(ビジネス・スクール)校長。専門は、国際経済学、財政学マクロ経済学所得分配の経済学。アメリカが抱える経済問題(エネルギーインフレーション、経済成長、環境、所得分配などの諸問題)の分析と解決の書『ゼロ・サム社会The Zero-Sum Society : Redistribution and the Possibilities for Economic Change(1980)は大きな反響をよび、アメリカの経済政策にもまた大きな影響を及ぼした。所得と富の分配についての第一級の研究書『不平等を生み出すもの』Generating Inequality : Mechanisms of Distribution in the U. S. Economy(1975)において展開されたモデルのなかでもとくに次の二つは、その後の理論研究の発展に大きな貢献をした。

(1)仕事競争モデルjob competition model 所得分配を説明する。人々は企業に就職し仕事につきながら初めて技能を修得していくという職場訓練OJT)を重視。人々は高い賃金を求めて互いに競争する(伝統的な賃金競争モデル)のではなくて、よりよい条件の仕事(技能を修得する機会)を求めて互いに競争するというもの。このモデルを用い、受験競争や人種差別男女差別の問題も解明される。

(2)ランダムウォーク・モデルrandom walk model(ランダムウォーク=でたらめ歩き、酔歩) 富の偏った分配を説明する。少数の個人が一挙に巨額の富・財産を手に入れるのは、これら個人の能力が優れているからではなく、たとえていえばたまたま運よく「くじ」に当たったからであるとする仮説。

 学界のみならず『ニューズウィーク』や『ニューヨーク・タイムズ』、それにテレビ番組のレギュラー出演などジャーナリズムでも広く活躍。ほかのおもな著書としては、『貧困と差別』Poverty and Discrimination(1969。ハーバード大学からウェルズ賞受賞)、『ゼロ・サム社会 解決編』The Zero-Sum Solution(1985)、『財政赤字』The Deficits(共著・1986)、ベストセラー『大接戦』Head to Head(1992)、『資本主義の未来』The Future of Capitalism(1996)、『日本は必ず復活する』Japan's Economic Recovery(1998)、『富のピラミッド』Building Wealth(1999)などがある。

[内島敏之 2018年8月21日]

『岸本重陳訳『ゼロ・サム社会』(1981・TBSブリタニカ)』『レスター・C・サロー著、佐藤隆三訳『デンジャラスカレンツ――流砂の上の現代経済』(1983・東洋経済新報社)』『小池和男・脇坂明訳『不平等を生み出すもの』(1984・同文舘出版)』『金森久雄監訳『ゼロ・サム社会 解決編』(1986・東洋経済新報社)』『ダニエル・ベル、レスター・サロー著、中谷巌訳『財政赤字――レーガノミックスの失敗』(1987・TBSブリタニカ)』『土屋尚彦訳『大接戦――日米欧どこが勝つか』(1992・講談社/講談社文庫)』『山岡洋一・仁平和夫訳『資本主義の未来』(1997・TBSブリタニカ)』『山岡洋一・廣瀬裕子訳『日本は必ず復活する』(1998・TBSブリタニカ)』『レスター・C・サロー著、島津友美子訳『経済探検 未来への指針――資本主義を超えて我々はどこへ行くのか』(1998・たちばな出版)』『山岡洋一訳『富のピラミッド――21世紀の資本主義への展望』(1999・TBSブリタニカ)』『レスター・C・サロー著、三上義一訳『知識資本主義』(2004・ダイヤモンド社)』

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