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井上正夫 【いのうえまさお】

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世界大百科事典 第2版の解説

いのうえまさお【井上正夫】  1881‐1950(明治14‐昭和25)

俳優本名小坂勇一,愛媛県出身。少年期に大阪で成美団を観劇して新派参加上京して認められ,《破戒》の主役丑松を演じたが,あきたらずに1910年新時代劇協会をつくりショーの《馬盗坊(うまどろぼう)》などを上演した。大正期再び新派に戻り《酒中日記《大尉の娘》当り役を得たが,36年井上演劇道場創設して進歩的行動をとる。42年道場解散,のち再び新派に参加した。49年に芸術院会員に選ばれたが,翌年1月新橋演舞場の《恋文》が最後の舞台となった。


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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

井上正夫 いのうえ-まさお
 
1881-1950 明治-昭和時代舞台俳優。
明治14年6月15日生まれ。旅回り一座修業。明治38年東京真砂座で伊井蓉峰(いい-ようほう)一座の「女夫波(めおとなみ)」に出演。43年新時代劇協会を結成昭和11年井上演劇道場をつくる。24年芸術院会員。昭和25年2月7日死去。68歳。愛媛県出身。前名は井上政夫。本名は小坂勇一。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。収録人物のデータは2009年1月20日現在のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

井上正夫
いのうえまさお

[生]1881.11.1. 愛媛
[没]1950.2.7. 神奈川湯河原
俳優。政夫とも書いた。本名小坂勇一。俳優を志して新派の一座を転々,伊井蓉峰の一座で頭角を現した。 1910年,自由劇場運動触発され,新劇を上演する新時代劇協会を興すが,経済的に失敗して再び新派に戻り,伊井,河合武雄らと並んで大幹部となる。

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大辞林 第三版の解説

いのうえまさお【井上正夫】
 
(1881~1950) 俳優。愛媛県生まれ。本名は小坂勇一。伊井蓉峰(ようほう)一座に加入。1936年(昭和11)中間演劇を唱えて井上演劇道場を創設,多くの俳優・劇作家を育てた。


(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

百科事典マイペディアの解説

井上正夫 【いのうえまさお】

新派俳優。本名小坂勇一。愛媛県生れ。15歳で伊井蓉峰一座に加わり,のち幹部となる。1910年新時代劇協会を組織,近代劇の上演にも意欲をみせた。映画にも出演。1936年には〈中間演劇〉を提唱して井上演劇道場を開いた。 (1881-1950)
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デジタル大辞泉の解説

いのうえ‐まさお 〔ゐのうへまさを〕 【井上正夫】
 
[1881~1950]新派俳優。愛媛の生まれ。本名、小坂勇一。新派の幹部として活躍したが、昭和11年(1936)新派と新劇の中間を行く中間演劇を提唱し、井上演劇道場を作る。芸術院会員。

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監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
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世界大百科事典内の井上正夫の言及

【井上演劇道場】より
…明治末期以来,新派俳優中で最も進歩的行動をとってきた井上正夫が,1936年4月,村山知義を協力者として創設した劇団。芸術的な大衆演劇の創造を目標にしたのを,新派と新劇のあいだを行く〈中間演劇〉と評された。…
【新協劇団】より
… 第2次大戦後,村山が再建にのりだし,46年2月には再建第1回公演を持った。薄田(すすきだ)研二,八田元夫(1903‐76)のほか,新派の井上正夫も一時期これに参加した。しかし〈50年問題〉といわれる共産党の内部抗争の影響を受け,1951年薄田,岡田英次ら演技陣の大量脱退者が出るにおよんで弱体化し,59年に薄田らの中央芸術劇場と合体して東京芸術座となった。…
【新派】より
…他の各座もしばらく雌伏期にあったが,1902年になり,歌舞伎界で団菊左の名優があいついで没すると,〈新派〉は一挙に全盛期をむかえることになった。04年から明治末まで数年間,《想夫恋》《高野聖》《乳姉妹(ちきようだい)》《己が罪》《俠艶録(きようえんろく)》《通夜物語》《婦系図》など,尾崎紅葉,泉鏡花,菊池幽芳,渡辺霞亭らの新聞小説の劇化と,畠山古瓶(こへい),花房柳外,田口掬汀(きくてい),小栗風葉,柳川春葉,小島孤舟,佐藤紅緑らの作者が脚本を書き,俳優としては井上正夫,福島清,村田正雄,山崎長之輔,英太郎,木下吉之助,山田九州男,藤村秀夫らが輩出した。全盛期には松竹によって〈本郷座〉でしばしば新派大合同公演がもたれ,そこは〈新派のメッカ〉といわれた。…
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