kotobank > 式子内親王とは
式子内親王【しきしないしんのう】
10件の用語解説(式子内親王で検索)
朝日日本歴史人物事典の解説-
生年:
生年不詳
没年: 建仁1.1.25 (1201.3.1)
後白河天皇の第3皇女。母は藤原季成の娘成子(高倉三位)。大炊御門斎院,萱斎院とも称する。法名は承如法。同母の兄に守覚法親王,以仁王,姉に殷富門院がいる。平治1(1159)年賀茂斎院の卜定を受け,以後11年間神に仕えて過ごした。当時の生活については,『千載集』入集歌などによってその一部を知ることができる。嘉応1(1169)年7月病気を理由に退下。その後しばらく三条高倉殿(母の住居)に住むが,そこに藤原定家が何度か訪れたことが知られている。文治1(1185)年准三宮宣下を受ける。建久3(1192)年後白河法皇が崩じたのち,まもなく出家したか。戒師は親交のあった法然が勤めた。藤原俊成を師として和歌を学ぶ。俊成の『古来風体抄』は式子内親王の求めに応じて,建久8(1197)年執筆,献上されたものである。しかし,歌合を主催したり,歌壇の一員となるような華やかな活動はしなかった。晩年は病気がちで,孤独な生活であったと思われる。家集に『式子内親王集』があり,『正治二年院初度百首』と2種の百首歌のほか,勅撰歌60首余りを収める。内に秘めた悲哀の情や孤独感を,抑制しつつも静かににじませる作風。同時代歌人の影響を受け,前衛的な表現を試みる一方で,他とは一線を画する独自の抒情性を獲得した。代表歌に「玉の緒よ絶えなば絶えねながらへば忍ぶることの弱りもぞする」がある。<参考文献>竹西寛子『式子内親王・永福門院』
(谷知子)
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。
世界大百科事典 第2版の解説-
しきしないしんのう【式子内親王】
1151ころ‐1201(仁平1ころ‐建仁1)
〈しょくしないしんのう〉ともいう。平安末期,鎌倉初期の女流歌人。後白河院の第3皇女で以仁王(もちひとおう),守覚法親王らの同腹妹。1159年(平治1)賀茂斎院となり,69年(嘉応1)病によって退下するまで奉仕した。萱斎院(かやのさいいん),大炊御門(おおいのみかど)斎院などとも呼ばれる。その後の動静はしばらく不明だが,《千載集》には9首入り,俊成の《古来風体抄》も内親王に献じた書とされる。94年(建久5)ごろには出家し法名承如法と称したが,一説に,97年の橘兼仲陰謀事件に関係しての出家かともいわれる。・・・
▼式子内親王について記述のある項目
定家【ていか】
※本文は出典元の用語解説の一部を掲載しています。
All Rights Reserved. Copyright(C)2012, Hitachi Solutions, Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。
デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説-
式子内親王 しきしないしんのう
 
?-1201 平安後期-鎌倉時代,後白河天皇の第3皇女。
母は藤原成子(せいし)。平治(へいじ)元年(1159)賀茂斎院となるが,嘉応(かおう)元年病のためしりぞく。文治(ぶんじ)元年准三宮(じゅさんぐう)。のち出家,法名は承如法。藤原俊成(としなり)に和歌をまなび,新古今時代の代表的な歌人として知られる。家集に「式子内親王集」。正治(しょうじ)3年1月25日死去。名は「しょくし」ともよむ。通称は萱(かやの)斎院,大炊御門斎院。
【格言など】玉の緒よ絶えなば絶えね長らへば忍ぶることの弱りもぞする(「小倉百人一首」)
この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2009.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。収録人物のデータは2009年1月20日現在のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。
デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説-
式子内親王 しょくしないしんのう
 
⇒しきしないしんのう
この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2009.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。収録人物のデータは2009年1月20日現在のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。
百科事典マイペディアの解説-
平安末・鎌倉初期の歌人。〈しょくしないしんのう〉とも読む。後白河天皇の皇女で以仁王,守覚法親王と同じ母をもつ。1159年賀茂斎院となり,のち出家。藤原俊成に歌を学んだらしく,俊成の《古来風体抄》も内親王に献じたものとされる。
(1151ころ-1201)
※本文は出典元の用語解説の一部を掲載しています。
All Rights Reserved. Copyright(C)2008,2010, Hitachi Solutions ,Ltd. ご提供する『百科事典マイペディア』は2010年5月に編集・制作したものです
百科事典マイペディアの解説- 「式子(しきし)内親王」のページをご覧ください
All Rights Reserved. Copyright(C)2008,2010, Hitachi Solutions ,Ltd. ご提供する『百科事典マイペディア』は2010年5月に編集・制作したものです
デジタル大辞泉の解説-
しょくし‐ないしんのう 〔‐ナイシンワウ〕 【式子内親王】
⇒しきしないしんのう(式子内親王)
この辞書の凡例を見る
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。
デジタル大辞泉の解説-
しきし‐ないしんのう 〔‐ナイシンワウ〕 【式子内親王】
[?~1201]平安末期・鎌倉初期の女流歌人。後白河天皇の第3皇女。名は「しょくし」とも。賀茂の斎院になり、のち出家。和歌を藤原俊成に学んだ。新古今集に49首入集。家集「式子内親王集」。
この辞書の凡例を見る
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。
大辞林 第三版の解説-
しきしないしんのう【式子内親王】
⇒ しょくしないしんのう (式子内親王)
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。
大辞林 第三版の解説-
しょくしないしんのう【式子内親王】
(1153頃~1201) 鎌倉期の女流歌人。後白河天皇の第三皇女。1159年から69年まで賀茂斎院をつとめ,晩年に出家する。歌は俊成に師事し,「古来風体抄」を献ぜられる。千載集以下の勅撰集に一五五首入集。家集「式子内親王集」
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。
式子内親王に近い言葉→選子内親王|有智子内親王|〓(“女へん”に「便」)子内親王|理子内親王(1)|理子内親王(2)|光子内親王(2)|有子内親王(2)|宗子内親王(2)|久子内親王(2)|盛子内親王(1)
式子内親王の関連情報
ニュース検索
- 現代風・超訳…開け古典の扉 小説やマンガ、続々(2011-11-18)
- 現代風・超訳…開け古典の扉 小説やマンガ、続々(1/2ページ)(2011-11-18)
- 京都南座で十月大歌舞伎 法然上人800年大遠忌にちなみ新作上演中(2011-10-6)
- 「法然と親鸞 ゆかりの名宝展」「京都・南座 新作歌舞伎」「安野光雅の絵本展」など 9月21日号(2011-9-21)
- asahi.com(朝日新聞社):本の紹介 - 今日のサンヤツ - BOOK
- asahi.com(朝日新聞社):本の紹介 - 今日のサンヤツ - BOOK
「式子内親王」に関連するTwitter- Powered by twitter
ショッピング検索
「式子内親王」のスポンサー検索



