1940年代後半から50年代後半にかけて、イギリスのオックスフォード大学を中心に活動した一群の哲学者たちをこの名前でよぶ。代表的な哲学者としては、G・ライル、J・L・オースティン、H・L・A・ハート、P・F・ストローソン、F・ワイスマンなどがいる。彼らは、その主張する哲学的見解に関しては互いに大きく異なっていたが、われわれが日常生活で使用している言語(彼らの場合は英語)の分析が哲学者の中心課題であるという方法意識において一致していた。彼らがこのような態度をとるに至った歴史的背景は二重である。積極的側面においては、20世紀前半におけるオックスフォードのアリストテレス研究の深化である。そのなかでもっとも大きな影響力を行使したのは、J・C・ウィルソンとW・D・ロスである。この両者は、アリストテレス哲学が言語の用法の分析を特徴とするという認識をもち、断片的ではあったが、彼らの日常言語である英語による哲学的思索への応用を試みた。他方、消極的側面は、当時のケンブリッジを中心とする科学的哲学、あるいはウィーン学団を中心とする論理実証主義、そして、当時勃興(ぼっこう)しつつあった大陸流の形而上(けいじじょう)学、実存哲学への反発である。これらの哲学は、日常言語学派によれば、その哲学説の構築の際、使用する言語の日常的な用法を顧慮・反省しないために生じた「哲学的難問」にこだわるにすぎないと考えられ、その治療の一方法として日常言語への回帰が主張された。
この後者の判断から生まれた業績のなかではG・ライルによる「心」および「心的表現」の分析、J・L・オースティンによる知覚の言語の分析などが著名である。また、哲学の困惑の原因を同様に考えたL・ウィットゲンシュタインの後期哲学にも、優れた分析がみられるが、通常、日常言語学派に属するとはみられない。また、積極的、建設的な貢献には、H・L・ハートによる法律的発言の分析、P・F・ストローソンによる「真理」の分析が含まれる。しかし、これらの分析自体は評価されたものの、日常言語をいかに分析すべきであるかという方法論に欠けていたことと、個別言語の分析の普遍性に対する疑義から、学派として重大な影響を与えることはなかった。にもかかわらず、20世紀の後半以降においては、日常言語の用法をまったく無視する哲学的分析が説得力をもたなくなったことも事実である。
[土屋 俊]
『G・J・ワーノック著、坂本百大他訳『現代のイギリス哲学』(1983・勁草書房)』▽『H・L・A・ハート著、矢崎光圀他訳『法の概念』(1976・みすず書房)』▽『黒田亘編著『世界の思想家23 ウィトゲンシュタイン』(1978・平凡社)』▽『J・L・オースティン著、坂本百大訳『言語と行為』(1978・大修館書店)』▽『J・L・オースティン著、丹治信春他訳『知覚の言語』(1984・勁草書房)』▽『P・F・ストローソン著、中村秀吉訳『個体と主語』(1980・みすず書房)』▽『F・ワイスマン著、楠瀬淳三他訳『言語哲学原理』(1982・大修館書店)』
1950年代にイギリスで形成された,日常言語の分析を中心にすえる哲学の学派。哲学的問題は,たとえば存在とは何か,いかなるものが善か,という問いに示されるように,ことばの意味にかかわるところが大きい。そこで哲学の諸問題をその表現に用いられる言語を分析することによって解こうとする学派が生まれた。日常言語学派はその一つである。それは近代論理学に依拠して言語を再構成し,このような形式的言語を用いて問題を再定式化しようとする人工言語学派と対立する。日常言語学派は,問題の哲学的概念や哲学的命題は形式的言語の構成によってではなく,われわれの日常的言語使用のあり方を綿密に考察することによってのみ解明されるとする。言語使用のあり方は人工言語学派の考えるように形式的に法則化できず,とくに使用の具体的条件に依存すると考えるからである。日常言語への定位は,存在や善の概念を分析したケンブリッジ大学のG.E.ムーアによって先鞭をつけられ,日常的言語使用のあり方は中期以降のウィトゲンシュタインの考察の中心となった。一方,オックスフォード大学のJ.L.オースティン,G.ライル,ストローソン等もやや独立に日常言語の分析から哲学的問題に接近した。こうして50年代に日常言語学派が形成されたのである。その影響はまもなく分析哲学全体に及び,論理学,意味論,存在論,認識論,倫理学の各分野が面目を一新した。しかし最近では人工言語学派の流れを汲む人たちによっても別の方法による日常言語の解明が大きく前進したために,狭い意味での日常言語学派は衰退した。
→分析哲学
執筆者:中村 秀吉
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…第2次大戦後のイギリスの哲学を代表する哲学者であり,ライル,エアー,ストローソン,H.L.A.ハートらとともにオックスフォードの哲学の地位を世界的なものにすることに貢献した。とくに,日常言語の厳密な分析を哲学の課題とする日常言語学派の中心的指導者として大きな影響力をもった。また,言語の記述的ではない使用法を分析しつつ,言語行為という概念を詳細に検討した《いかにして言葉を用いてことをなすか》(1955講演,1962刊)は言語学,社会学,心理学,倫理学にまで影響を及ぼしている。…
…〈言表の意味とはその使用である〉。こうして50年代にはとくに日常言語学派がイギリスにおいて隆盛を極めることとなったが,それは語や文の意味や指示をその使用の状況・脈絡において考察するものであった。日常言語が重要なことは,心の働きや行為を表す語が基本的に日常言語であることによってわかる。…
※「日常言語学派」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
年齢を問わず、多様なキャリア形成で活躍する働き方。企業には専門人材の育成支援やリスキリング(学び直し)の機会提供、女性活躍推進や従業員と役員の接点拡大などが求められる。人材の確保につながり、従業員を...
10/29 小学館の図鑑NEO[新版]動物を追加
10/22 デジタル大辞泉を更新
10/22 デジタル大辞泉プラスを更新
10/1 共同通信ニュース用語解説を追加
9/20 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新