御伽草子(おとぎぞうし)における、社寺の神仏の由来縁起を人間の物語として語る作品群の総称。その形式は経典類に載る本生譚(ほんしょうたん)・前生譚(ジャータカ)に似ている。本地垂迹(すいじゃく)説や和光同塵(どうじん)の宗教理念に支えられたもので、説経節(説経浄瑠璃(じょうるり))や古浄瑠璃にもよくみられる物語構造である。その先蹤(せんしょう)的なものは南北朝期の『神道集(しんとうしゅう)』所収の縁起物語にみられ、室町時代には多数の作品が生まれた。前代までの物語にはなかった形式のもので、御伽草子の代表的世界といってよく、また神仏の始源を宗教的、信仰的に物語るという意味で、古代神話の形態の中世的復活ともみなしうる物語類である。通常はその作品名に「本地」の語を付しているが、これに従わぬものもある。在地的な説話や民間伝承の諸モチーフを巧みに結合させたロマンあふれるものが多い。作品には『熊野の本地』『厳島(いつくしま)の本地』『阿弥陀(あみだ)の本地』『月日の本地』『七夕(たなばた)の本地』『竹生島(ちくぶじま)の本地』『天神の本地』『伊豆箱根の本地』『毘沙門(びしゃもん)の本地』『梵天国(ぼんてんごく)』『貴船(きぶね)の本地』『諏訪(すわ)の本地』などがあり、『浦島太郎』『物くさ太郎』なども末尾は本地物の形になっている。
[徳田和夫]
『小木喬著『鎌倉時代物語の研究』(1961・東宝書房)』▽『『中世・宗教芸文の研究』(『筑土鈴寛著作集3』1976・せりか書房)』▽『松本隆信「中世における本地物の研究 1~4」(『斯道文庫論集』9~14所収・1971~1977・慶応義塾大学)』▽『徳田和夫著『お伽草子の本地物について』(『鑑賞日本古典文学26 御伽草子・仮名草子』所収・1976・角川書店)』
室町時代物語,古浄瑠璃,説経浄瑠璃などの物語形式。狭義には,本地垂迹説の変型として,ある社寺にまつられている神仏が,その前生で人間界に生をうけ,種々の苦悩を体験し,それを機縁に転生して神仏となった由来を語るものをさす。広義には,人物の伝記や神社仏寺の由緒を記した縁起にも本地の名を付した場合がある。もとは社寺の勧進のために制作されたと考えられ,《熊野の本地》の原型は13世紀にさかのぼるようであるが,現存最古の年記のあるものは1346年(正平1・貞和2)の《厳島の本地》である。14世紀半ばに成立した《神道集》にはその古型を示す説話が多数収められている。室町時代物語には上記のほかに《諏訪の本地》《源蔵人物語》(富士浅間大菩薩の本地説話),《みしま》(伊予国三島大明神の本地説話),古浄瑠璃では《阿弥陀の本地》《善光寺本地》《中将姫之御本地》,説経浄瑠璃では《ごすいでん》(熊野の本地),《小栗判官》(美濃国正八幡の本地),《山荘太夫》(丹後国金焼地蔵の由来)などが有名である。
執筆者:村上 学
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