昔話。英雄が悪者を退治することを主題にした異常誕生譚(たん)の一つ。婆(ばば)が川を流れてくる桃の実を拾う。桃から男子が生まれる。桃太郎と名をつける。桃太郎が一人前になると、鬼が島へ黍団子(きびだんご)を持って鬼征伐に行く。途中、犬が黍団子をもらって家来になる。猿、雉子(きじ)も同様に家来になる。鬼を降参させ、宝物をもらって帰る。
江戸中期の赤本『むかしむかしの桃太郎』をはじめ、多くの文献にみえている江戸時代の五大童話の一つであるが、とくに日本を代表する昔話になっている。明治以後は、絵本や読み物でも親しまれている。「桃太郎」というと、桃から生まれたということが印象的だが、「桃太郎」の基本形式は「猿蟹(さるかに)合戦」にみえる「旅する動物」である。赤本など古い記録では、婆が桃を食べて若返り、赤子を生む話になっている。異常誕生に意味があったらしい。桃太郎も本来は桃から生まれたものではなかったかもしれない。
ビルマ(ミャンマー)にも「桃太郎」とよく似た昔話があり、主人公は「親指小僧」になっている。母が太陽を呪(のろ)ったために、親指大に生まれる。16歳のときに、太陽と戦うために大きな菓子を一つつくってもらって出かける。真夏の太陽で、みんな苦しんでいる。途中、干上がった川の船に会う。船は菓子ひとかけらをもらって食べて仲間になる。以下、竹いばら、苔(こけ)、腐った卵が同様にして仲間になる。日の出を待つのに人食い鬼の家に入る。鬼が帰ってくる。寝ると寝台の下にいた竹いばらが傷つける。明かりをつけようと火に近づくと、卵が破裂して目に灰が入る。目を洗いに行くとき、苔ですべって転び、首を折って死ぬ。翌朝、小僧は仲間とともに太陽に挑戦する。雨が小僧を支援して大雨を降らせ、洪水になるが、小僧たちは仲間の船に乗って帰る。みんなが苦しんでいる乾期から、豊かな実りをもたらす雨期を迎える物語である。これにも「旅する動物」の特徴がよく現れているが、食物を分けてもらって仲間になる趣向は「桃太郎」と同一である。戦いの相手が、自然現象の主である太陽(おそらくは人食い鬼の姿)であるのは重要な特色である。
北アメリカ北西岸インディアンの半神的なワタリオオガラスの神話にある「南風との戦い」は、ワタリオオガラスが、激しい南風が吹いて飢餓状態で困っている魚類などの仲間を誘って、南風の主の家に行き、懲らしめて烈風を止めさせる、「旅する動物」の一例である。これも気象現象の主を退治して豊かな暮らしを実現する話で、「桃太郎」やビルマの「親指小僧」が食物を分け与えているのも、飢饉(ききん)であることを示すものであろう。「桃太郎」の鬼も、人々を苦しめた鬼といわれているが、本来は飢餓をもたらす気象現象の主であったかもしれない。「桃太郎」の発端としてよく知られている、爺(じじ)は山へ柴(しば)刈りに、婆は川へ洗濯にという趣向は、もともと日本の昔話の語り始めの型、「語りの様式」の一つで、「瓜子(うりこ)姫」など、「桃太郎」以外の昔話にも用いられている。
桃から生まれた英雄の昔話は中国にあるが、「桃太郎」や「旅する動物」の型ではない。桃は中国では不老長寿の薬、鬼を払う呪物(じゅぶつ)とされ、その信仰は日本にも入っている。主人公の異常な誕生の構成要素として、この昔話に定着したものであろう。「桃太郎」が日本の昔話の代表格であったのは、神的な主人公が異常な天候を起こしている主と戦い、平穏な暮らしを将来するという、この昔話の基本構造が、日本では、昔話世界の本流のように思われるところがあったのであろう。「語りの様式」が「桃太郎」と固定的に結び付いていたのも、同じ理由であろう。柳田国男(やなぎたくにお)や石田英一郎が「桃太郎」の背後に小さ子神信仰があるとみたのも、昔話を支える文化的基盤として意味のあることである。『桃太郎絵巻』(1735)のように桃太郎が姫を助け出して結婚する話もあるが、本来の形とは考えられない。
[小島瓔]
『柳田国男著『桃太郎の誕生』(角川文庫)』▽『滑川道夫著『桃太郎像の変容』(1981・東京書籍)』▽『鳥越信著『桃太郎の運命』(1983・日本放送出版協会)』
(鶴見俊輔)
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川上から流れてきた桃の中から誕生した童子。犬・猿・キジを供にして鬼退治をする昔話の主人公。もしくはその誕生,成長,武勇を語る昔話の名称。五大お伽噺の一つとして流布し,伝承圏は全国に及ぶ。桃太郎は桃の中から異常に小さな姿で生まれる。やがて異常に速い成長をみせて鬼と対決する。桃,ウリ,竹など,中のうつろな植物から誕生する小さ子の物語は,瓜子姫,かぐや姫などと共に〈水神少童〉の日本古来の信仰に由来するものである。しかも,流れよる桃から出誕する主人公は,うつぼ舟による漂着伝承と英雄始祖説話に深い関係をもつ。桃太郎には婚姻譚が欠落しているが,古くは妻まぎの部分も語られていた。これは,童幼相手に話され,語られている間に,婚姻に至る部分が衰弱してしまったものである。鬼退治などの冒険譚を,成年戒に結びつけた解釈をして,通過儀礼の反映とする見方も行われる。
執筆者:野村 敬子
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…言文一致は,文学ではすでに1880年代後半から提唱されていたが,教育の世界では立ち遅れていたのである。言文一致といっても,たとえば代表作の一つである《桃太郎》でも〈桃から生まれた桃太郎,気はやさしくて力持ち,鬼ヶ島をば,打たんとて,勇んで家を出かけたり〉(原作は全文かたかな)というように文語体をのこしていたが,内容が子どもに親しまれていた伝承童話であったこともあり,子どもにわかりやすく,歓迎された。同時期に滝廉太郎は東(ひがし)くめら保育者と協力して《幼稚園唱歌》(1901)を出した。…
…また釜鳴の怪異伝説は謡曲《吉備津宮》や上田秋成《雨月物語》などの素材にもなっている。 当社と桃太郎伝説との結びつきも古い。いま岡山の名菓である吉備団子は,江戸初期に〈餅雪や日本一の吉備だんご〉とよまれて,当時すでに門前の名物となっていた。…
…さらに武士団の党ややくざの集団で,酒を酌み交わし会食するのも,共食によって主従的結合,同志的結合を強めようとするものである。桃太郎説話で,桃太郎が鬼退治に出かけるとき腰に下げたキビダンゴも,たんに腹がへって食べるのではなく,犬・猿・キジに与えて共食することによって,主従の交わりを結ぶための食物であった。また親子杯,兄弟杯,夫婦杯なども,一つ杯で酒を飲み合うことによって互いの心が結ばれるとする共食の一つである。…
…その体軀短小ながら異常な能力を発揮するという説話的人物としての型は,のちの伝承の世界に多くの類型を生み出していった。スクナビコナは,かぐや姫,一寸法師,瓜子姫,桃太郎等々のはるかな先蹤(せんしよう)である。なおオオナムチ,スクナビコナは医療,禁厭(まじない)の法を定めたとされる(《日本書紀》神代巻)だけに,温泉の開発神とする伝えが各地に多くみられ(伊予国,伊豆国の《風土記》逸文など),延喜典薬式に用いられている薬草石斛(せつこく)はスクナヒコノクスネ(少名彦の薬根)と呼ばれた(《和名抄》《本草和名》)。…
※「桃太郎」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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