翻訳|wage
労働基準法に定められた給料や手当、賞与、残業代など労働の対価として使用者が労働者に支払うものの総称。労働者に直接、働いた分の全額を支払わなければならない(全額払いの原則)と規定される。厚生労働省は企業側が5分などの単位で労働時間を管理し、端数を切り捨てて賃金計算することはこの原則に反するとしている。ただ、企業側の事務作業の煩雑さを考慮し、時間外労働などの割増賃金を計算する際、1カ月分の合計を計算する場合には30分未満は切り捨て、30分以上は1時間に切り上げても良いとの例外も認められている。
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工業化された社会においては,大多数の人々が自分の労働を雇主に提供することによって生計をたてている。この労働の代償として受け取る報酬が賃金である。工業化が起こる前は,生産の規模も小さく,労働者の役割や地位はほとんど慣習や法によって規定されていた(領主と農奴,親方職人と見習工など)。しかし,近代の産業社会は工場などの生産規模を増大させ,雇う者と雇われる者との関係を著しく没個人的なものに変換してしまった。現代では,法人企業の経営者と労働組合が,雇主と被用者をそれぞれ代表しながら,団体交渉その他の方法によって賃金契約を結ぶという形で賃金が決定されている。これは,工業化前の社会で慣習や伝統によって(ときには天候,虫害,戦争などの外的要因にも影響されたが)賃金が決定されていたのと対照的である。伝統的社会において賃金の上限と下限を決定したのは,食糧の全供給量と,食糧の生存可能水準であったといえる。19世紀に入って市場経済がより深く,そしてより広く浸透するにつれて,賃金や物価が没個人的な市場の力で決定されるようになっただけではない。20世紀には,賃金自体もさまざまな法的規制と管理を受け,賃金決定のメカニズムはますます複雑な様相を呈してきている。
賃金は,これまで(とくに戦前)直接生産部門で働く労働者に支払われる報酬を意味し,事務員,技術者など職員に対して支払われる報酬を給料ないし俸給と呼ぶことが多かった。しかし,最近はこのような区別はとくに設けず,労働者も職員もすべて労働者と呼び(たとえば労働基準法におけるように),彼らが受ける報酬を賃金と規定するようになっている。また賃金を,労働の代償として使用者が労働者に支払うすべてのものをさすと解釈すれば,諸手当,ボーナス,退職金なども賃金に含まれることになる。さらに,社会保障や福利厚生などに関する雇主負担も,賃金に準ずるものとして付加給付(フリンジ・ベネフィット)と呼び,広義の賃金の中に含めることもある。
賃金は通常,(1)賃金理論,(2)賃金構造,(3)賃金支払制度,形態,(4)賃金と労働時間に関する法的規制,(5)フリンジ・ベネフィット,などに分けて論じるのが便利である。
以下では理論・学説面について触れる。
→賃金形態 →賃金構造 →賃金体系
学説史上の主要な賃金決定理論は,大きく分けると四つある。(1)18世紀後半から19世紀前半において支配的であった賃金生存費説,(2)19世紀中葉の賃金基金説,(3)19世紀から20世紀の交に現れた限界生産力説,(4)そして主に20世紀に入ってから主張されはじめた交渉力説,の四つである。これら4学説は決して相互に排反的ではなく,賃金決定の異なった側面に注目しており,むしろ相補う性質のものと考えたほうがよいであろう。
(1)賃金生存費説subsistence theory of wagesは,人口増加の〈自然的〉傾向を仮定し,労働力の再生産の費用を強調する労働供給の理論である。R.マルサスやD.リカードが最も明確に定式化したように,賃金が生存水準(これをリカードは〈自然賃金〉と呼んだ)を超えると生存率が高まり,家族規模が大きくなる。これはしだいに労働の供給量を増加させ,市場賃金を下方へおしやる。生存水準以下の場合には人口減少のため,逆に賃金は上昇する。
(2)賃金基金説wage fund theoryも,この生存費説に労働需要側の条件を加えることによって,論理的に演繹(えんえき)されうる性質のものである。需要側の条件とは,市場向けの財の生産と販売量を予測しながら労働者を雇い入れるという側面である。雇われる労働者たちに,前もって支払われる賃金総額の量が賃金基金と呼ばれるものである。これはある一時点における経済においては固定的な量であるが,貯蓄と再投資による富の蓄積によってしだいに増大する。この賃金基金を労働者数によって分割したものが平均賃金であるから,労働力が増加すれば,賃金は平均的には低下する。この賃金の低下を食い止めるためには,富の蓄積によって賃金基金をふくらませるか,人口の増加を減速させるかのいずれかの方法によらなければならない。以上の二つの理論はいずれも,信用創造の手段をもたない工業化以前の社会を念頭において考えだされたものであった。
(3)限界生産力説marginal productivity theoryは,元来生産要素の需要理論としての性格を強くもっていた。収穫逓減の原理に企業の利潤極大化行動を結びつけると,〈企業は,労働の限界生産物が追加的に投入された労働の賃金費用を上回るかぎり,労働を投入しつづける〉という命題が得られる。個々の企業にとっての均衡状態は,賃金が労働の限界生産物にちょうど等しい点で成立し,他の生産要素に関しても同様の結論が得られることがわかっている。この限界生産力理論にはいくつかの重要な批判が投げかけられているが,依然として新古典派経済理論の中核的存在であり,その有効性が完全に否定されているとはいいがたい。
(4)最近の賃金理論の注目すべき展開の一つに交渉力説bargaining theory of wagesがある。これは労働組合の存在に注目し,雇主と組合との相対的な交渉力を軸にして賃金決定を説明しようとするものである。いうまでもなく交渉力のみが賃金の唯一の決定要素ではありえないが,ゲームの理論が近年新しい展開を示しているのと並行して,この種の交渉理論への関心が再び高まりつつあるというのが現状である。
執筆者:猪木 武徳
マルクス経済学では,労働者が資本家に賃金とひきかえに販売しているものは,〈労働〉ではなくて〈労働力〉であり,賃金とは〈労働力の価値または価格〉であるととらえる。ここにおいて〈労働力〉とは,〈一人の人間の肉体すなわち生きている人格のうちに存在していて,なんらかの使用価値を生産するときに,そのつど,運動させる肉体的および精神的諸能力の総体〉であり,この労働力の目的意識的な使用または消費が〈労働〉である。賃金が,本質的には〈労働力の価値または価格〉であるということは,そもそも生きた人間の〈労働力〉そのものが市場に商品として現れるような特殊・資本主義的生産様式を前提にしている。労働力が商品化するためには,労働者が〈二重の意味で自由である〉ことが必要である。その一つは,労働者が人格的に自由であり,みずから労働力を所有し,かつ自分でそれを処分できる自由をもっていること。その二つは,労働者が,生産手段および生活手段からまったく自由であり,労働力だけを所有しているにすぎないため,それを生産手段と生活手段の所有者である資本家に売る以外には,生活していくことができないということである。労働者は自由に労働力の売先,買手たる個々の資本家を選択することはできるが,いずれかの資本家を選択しなければならないという強制によって,資本家階級につなぎとめられている。このような状態をさしてマルクスは〈賃金奴隷制〉と名づけた。
労働者が資本家階級に売り渡さざるをえない労働力の価値は,労働力が商品であるかぎり,他の商品の価値と同じように,価値法則によって規定されているのではあるが,労働力の生産=再生産とは,生きた人間=労働者の存在が前提され,その生活に必要な一定の質と量をもった生活手段の生産であり,しかもその生活手段はすべて商品である以上その生産には社会的必要労働の一定量が必要とされる。したがって,労働力の生産に必要な労働時間は,この生活手段の生産に必要な労働時間に帰着するのであり,〈労働力の価値〉は,労働力の所有者の維持に必要な生活手段の価値とされるのである。つぎにこのような労働力の価値の内容は,労働者自身の維持費と(労働力の補充,世代的再生産に必要な)その家族の生活費と(労働に必要な熟練や技能を修得するための)育成費の3費用と,物質的(肉体的・生理的)要素と精神的(歴史的・文化的)要素の2面から成り立っている。とくに労働力の価値の最低限界は,肉体的に必要不可欠の生活手段の価値によって形成されるものであり,もし労働力の価格=賃金が,この最低限まで低下したとすれば,価格以下への低下ということになる。
賃金が労働者の必要生活手段の一定の大きさに調整されていくメカニズム,労働力の価値と価格の一致のメカニズムを,マルクスは資本主義的生産蓄積に固有の人口法則によって論証している。賃金の上昇は,資本蓄積に伴う相対的過剰人口の創出によって抑制され,また逆に,労働力供給が需要を上回り賃金が労働力の価値以下に低下した場合には,この傾向に反対に作用する労働者階級の賃金闘争による組織的な復元運動が働いたり,必要生活手段商品を生産する労働生産性の変化による労働力の価値そのものの低下が生じて,〈必要生活手段の平均範囲〉が歴史的に変化するという事情が作用しているからである。
マルクス経済学は,資本と賃労働との交換を労働力商品の交換過程(労働市場)と資本による労働力の消費過程に明確に区別することによって資本の生産過程を価値増殖過程として把握し,剰余価値生産の秘密を,したがってまた,剰余価値・利潤と賃金との対抗する関係を商品生産と商品交換に内在する法則に基づいて科学的に解明した点で,他の経済学と決定的に区別される。いいかえれば賃金範疇(はんちゆう)=賃金の本質が労働力の価値であるということが,労働力を商品として売らざるをえない生産関係=賃金奴隷制を表すものであると同時に,資本による賃労働の搾取関係をも表現するものとされているのである。
執筆者:高橋 洸
労働基準法上,賃金とは使用者の指揮命令下で労働者が労務を提供することに対して支払われる対価をいう。賃金,給料,給与,俸給,手当,賞与などの名称のいかんを問わない。賃金は使用者から支払われるものであるから,旅館の従業員が客からもらうチップは賃金ではないが,使用者が客から一定のサービス料をとって,それを従業員に分配するときは賃金として取り扱われる。福利厚生(たとえば,社宅の供与,制服,作業衣等)は賃金とはみなされない。また恩恵的に支給されるものも賃金とはみなされない。たとえば,結婚祝金,死亡弔慰金など支給条件が就業規則,労働協約等に明確にされていないときは賃金とはみなされない。この点で問題とされているのが退職金である。労働協約や就業規則等によって支給条件が明示されていれば,退職金は賃金とされている。
賃金額の保障としては出来高払制の保障給と最低賃金がある。出来高払制その他の請負制で使用する労働者について,出来高に関係なく,労働時間に応じて一定額の賃金を保障しなければならない(労働基準法27条)。最低賃金は,一定地域の同種の労働者の大部分が適用される労働協約の最低賃金額を,労働大臣または都道府県の労働基準局長の決定によって,当該地域の同種の労働者に適用する方式と,最低賃金審議会の調査審議を経て,労働大臣または都道府県の労働基準局長が決める方式によって決定されている(〈最低賃金制〉の項参照)。現在,最低賃金は,後者の方式で都道府県単位に,単種ごとの最低賃金と,全労働者に適用になる地域包括最低賃金が決められている。この最低賃金以上の賃金を支払わない使用者には1万円以下の罰金が科せられ,最低賃金より低い賃金額を決めた労働契約のその部分は無効となり,無効となった部分は,最低賃金と同様の定めをしたものとみなされる。以上を別にすれば,賃金額や形態は,労働組合がある場合には,団体交渉によって決定され,労働組合がない場合には,就業規則あるいはその付属規則によって決められている。なぜならば,就業規則には,〈賃金の決定,計算及び支払の方法,賃金の締切及び支払の時期並びに昇給に関する事項〉(89条1項2号)が記載されなければならないからである。
労働者は賃金を主たる収入として生活をしており,その賃金の支払が確実になされる必要がある。そのため,労基法24条は,以下の賃金支払の4原則を規定している。(1)通貨払いの原則 賃金は通貨で支払われ,現物給与を禁止しようとするものである。ただ,労働協約で現物給与を支給する定めを設けることができるが,必ず現物の評価額を定めておく必要がある(労働基準法施行規則2条2項)。賃金の銀行口座への振込みによる支払は,個々の労働者の同意を得て,労働者の指定する口座に振り込まれ,賃金支払日に引き出せる場合には,通貨払いの原則には反しない。しかし,小切手による支払は,労働者側に支払に対する不安や危険をもたらすおそれがあることから通貨払いの原則に反するとされている。(2)直接払いの原則 賃金の支払について,第三者が介在することを禁止し,労働者本人に直接支払われることを保障しようとするものである。ただ,労働者が病気で賃金を受け取れないときに,家族が賃金を受け取ることは,労働者の使者に対する支払として,直接払いの原則に違反しない。労働者が賃金債権を第三者に譲渡した場合,その譲渡自体は違法ではないが,使用者はその第三者に賃金を支払うことはできない。(3)全額払いの原則 使用者に支払義務があって履行期の到来した賃金を全額支払うことを義務づけている。ただ例外として,税金や社会保険料のように法令で賃金からの控除を定めている場合と,当該事業場の労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合,それがないときは労働者の過半数を代表する者との書面による協定で,賃金からの控除を認めることができる。たとえば,購買代金や社内預金の賃金からの控除を行うときがそれである。問題になるのは,賃金の過払いが生じた場合どの時点で調整するかである。たとえば翌月に過払分を控除すると,翌月分の賃金について全額払いの原則に反するのではないかという疑問が生じるが,これについては,過払いのあった時期と賃金清算調整の実を失わない程度に合理的に接着した時期に,あらかじめ労働者に予告され,その額が多額でないときには,全額払いの原則に反しないとされている(福島県教職員事件。1969年最高裁判所)。また使用者が労働者に対して債権を有している場合,賃金とその債権を相殺することは,労働者の生活を危うくするおそれがあることから認められない(日本勧業経済会事件。1961年最高裁判所)。(4)定期日払いの原則 賃金は毎月1回以上,一定の期日に支払われなければならない。たとえば経営不振で賃金遅払いが生じた場合,この定期日払いの原則に違反する。ただ臨時に支払われる賃金,賞与などはこの原則は適用されない。
以上のほかに,労働者自身または労働者の収入によって生計を維持する者が出産,疾病,災害,結婚,死亡などでその費用を必要とする場合,労働者の請求があれば支払期日前であってもすでに働いた分の賃金を,使用者は払わなければならない(労働基準法25条)。企業が経営不振におちいり倒産に至る場合があるが,そのときの賃金保障の制度として次のものがある。民法308条は,最後の6ヵ月分の給料について,共益費用に次いで2番目に優先的に支払を受ける先取(さきどり)特権を認め,商法295条も〈雇傭関係ニ基キ生ジタル債権〉(賃金もこれに含まれる)が共益費用に次いで会社の総財産から優先的に支払を受ける先取特権を認めている。しかし,この実効性がうすいために,〈賃金の支払の確保等に関する法律〉(1976公布)が制定され,不況による倒産に伴って生じる労働者への賃金不払いに対処している。それによれば,企業倒産によって生じた未払賃金の一部を事業主に代わって政府が立て替え,また労働者の退職金を使用者が支払わない場合,支払う日までその未払退職金額に年14.6%の高い遅延利息をつけた額を支払うことを使用者に義務づけている。労基法は強制貯金を禁止しているが(18条),一定の要件のもとに任意に預金する社内預金制度を認めている。しかし,企業倒産時に労働者の預金返還請求に応じられるよう,使用者に社内預金の保全措置を義務づけている(賃金の支払の確保等に関する法律3条)。
労基法26条によれば,使用者の責めに帰すべき事由によって休業する場合には,平均賃金の60%以上を労働者に支払わなければならない。ところが,民法536条2項は,債権者(使用者に相当する)の責めに帰すべき事由によって,債務者(労働者に相当する)が債務(労務のこと)を履行しえなかったときは,債務者は反対給付である賃金を失わないとしている。つまり労働者は100%の賃金請求権を有する。そこで,この休業手当に関する両規定をどのように解釈するかが問題となる。通説では,民法上の〈債権者ノ責ニ帰スヘキ事由〉は,使用者の故意・過失またはそれと同視すべき事由によって休業する場合に限られ,労基法上のそれは,民法よりも広い範囲でとらえる。つまり,不可抗力の場合を除き,企業経営者としての責任に属する事由すべてと解釈されている。したがって,休業が労基法26条の〈使用者の責に帰すべき事由〉に該当すると同時に,民法536条2項の〈債権者ノ責ニ帰スヘキ事由〉にも該当するときには,労働者は100%の賃金請求権を有するが,そのうち60%が罰則と付加金の制度(労働基準法114条)によって支払を強制される。また労基法26条の〈使用者の責に帰すべき事由〉に該当するか,民法536条2項のそれに当たらない休業の場合には,使用者は60%を超える部分の賃金を支払う義務は生じないことになる。休業期間中労働者が他の使用者のもとで働いて得た収入(中間収入という)は,副業的なものでないかぎり,労務提供をまぬがれることによって得た利益は使用者に返還しなければならない。ただ労基法26条の規定から使用者に返還すべき限度があり,平均賃金の4割を超えることはできないと解されている(在日米軍調達部東京支部事件。1962年最高裁判所)。
労働者が争議行為によって労務を提供しない場合,その不就労に対応して賃金カットできる。なぜならば,労働者は労務不提供部分に対応する賃金請求権を失っているからである。逆に使用者が賃金カットを行わない場合には,労働組合法7条3号の経理上の援助に該当し不当労働行為になる。問題は賃金カットできる範囲である。これまで賃金を労務の提供に応じて支払われる部分と従業員としての地位を維持するために支払われる部分に分け,前者は賃金カットの対象となるが,後者は,それが生活補助費の性質をもつので,カットの対象にならないという考えがあったが,このように抽象的に賃金を二分して結論を出すことに対する批判が生じ,個々の労働契約の解釈によって処理すべきであるとされている。ただ労働契約にはそこまで定められていない場合が多いので,それを補充するものとして,労働協約や労働慣行によって,賃金体系上の構成部分(たとえば家族手当や住宅手当)の支給の趣旨や支給決定方法などを調べて,個別的に判断されることになる(三菱重工業長崎造船所事件。1981年最高裁判所)。
執筆者:香川 孝三
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
恩恵的意味を多少とももつ給与に対して、賃金は対等者間の代価を表現する。「賃」は物の用役に対する価格であるから、賃金といえば労働または労働力用役の対価になろう。八百屋が売り上げた収入、あるいは主婦が内職で得た工賃なども、労働の対価に違いないので賃金とよんでよいはずである。しかし、現在われわれが考える賃金の概念は、使用者と労働者間で結ぶ雇用契約を踏まえて授受される貨幣量として理解する。商売によって得た収入とか、使用者と雇用契約のない報酬などは、賃金に当てはめられないのである。
[小泉幸之助]
奴隷、農奴、徒弟とよばれる歴史的な労働姿態のなかで、使用者が労働の代償なりまたは生活費用として、現物とか貨幣を彼らに支出した事実は、容易にみつけだせよう。経済の発展は労働のあり方を変化させ、雇用の関係も変えてしまう。しかし、経済段階がどうあったにせよ、労働者がその社会に存在しない限り賃金は形成されないのである。その労働者はそれほど容易に出現してこなかった。18世紀の終わりごろまでの働く人々は、いまだ労働意識も技能水準も低く、ある意味で職人的であり農民的であり、そしてまた浮浪者的怠け者であった「働く貧民」とよばれる段階では、まだ賃金を論じられなかったといってよい。
労働者が出現し、賃金が論じられるようになるのは、少なくとも産業革命期に入ってからである。この時期になると、使用者と雇用関係を結び、定められた時間だけ生産職場で労働力を提供し、その代償として賃金を受け取る形態が定着する。A・スミスがいうように、「労働は、いっさいの商品の交換価値の実質尺度」であるならば、まさに賃金は労働力と交換して得た労働者の価値ともいえよう。
[小泉幸之助]
賃金が労働者の生活と産業の生産に影響を与えるばかりでなく、労働者数の増加による賃金量の膨張は、ついに国民経済を動揺させる要因にまで拡大する。労働力を売却しなければ収入のない労働者に対して、その代償である賃金が、初めから生活を保証するわけではない。賃金所得の範囲内で生活する労働者は、ただ1日の賃金ではなく、労働生涯にわたる賃金総額が、生涯生活費に等しいかそれ以上であることを期待しよう。日給や出来高給という賃金形態の問題でなく、退職金や年金を含めた生涯賃金の実質額が、労働者にとっては重要なのである。多くの場合、生涯生活費を完全に生み出す余裕は、労働者のライフ・サイクルからはみいだせないであろう。近ごろでは、短期間の労働賃金よりも、かなり不確定な長期的要素を踏まえて賃金を論議するようになってきている。
他の生産要素費用と同じように、賃金も経営活動からみると必要経費であるにせよ、企業にとっては経費の圧縮は望ましいに違いない。この場合、企業が対象に置くのは、支払賃金だけでなく、膨張し始めた社会的性格を帯びた賃金以外の労働費用を含めた労務費である。とくに労働者を固定して雇用する慣行のもとでは、人間的配慮に基づく生活的費用の負担もあろうし、生産技術の進歩にあわせて労働者の質を向上させる教育訓練費も欠かせない。これからの賃金論は、増大するこれらの費用を含めて再構築されなくてはならないであろう。
[小泉幸之助]
労働者の賃金所得は、いずれ消費財の購買力に変わり、企業の賃金費用が財・用役の総供給価格の一部を構成するならば、この二つのあり方によっては国民経済の動きを規制することになる。高賃金は利潤を低め、経営を圧迫し、投資の減退を招くかもしれないし、低賃金は購買力を縮小し、国民経済をいっそう不況に陥れることもある。しかし、余裕のある利潤は、国民経済を拡大に導く可能性も出てこよう。そして消費の拡大は景気を立て直すてこにもなる。賃金は、ただ労働者生活や企業利潤に影響するばかりでなく、国民経済において、要(かなめ)の位置を占めているのである。
賃金を第一次とする所得の分配は、確かに以前より平等化されてきたが、それでも貧富の差や税などの不公平を解消したわけではない。公正がなんであるかを別として、贈与と社会保障による事後的修正を施す第二次分配は、いまのところ政府の役割になっている。対価の授受を伴わない所得の再分配によって、平等化を果たそうとする福祉政策は、もとより経済を切断して成り立つわけではない。再分配はかならずしもそれ自体が目的でなく、賃金所得の構造をそのまま拡大させることによって、福祉効果をとらえることができるなら、まことに望ましい経済構造といえるのである。そこで賃金は初めて賃金らしくなるわけである。
[小泉幸之助]
賃金は労働力の価値を貨幣で表現したものである。労働力とは、人間の身体のうちに実存していて、人間がなんらかの使用価値を生産する際に発揮する肉体的・精神的諸能力の総体であるが、資本主義社会はこの労働力の商品化を特徴としている。ここでは、労働力の所有者は、
(1)人格的に自由であって自分の労働力の商品化を販売することができ、かつ、
(2)生産手段の所有から切り離されているために自分の労働力を販売しなければ生きていけない、
という二つの条件(これを、労働力の所有者が二重の意味で自由であるという)のもとにおかれて、労働力を商品として販売し、他方、生産手段を所有する資本家はこの労働力を購買する。ここで売買される労働力商品に対する支払いが賃金であり、その大きさは労働力商品の価値によって決定される。
一般の商品と同じように、労働力という商品の価値も、その生産(再生産)のために社会的に必要な労働投下量によって決定される。労働力の再生産は、
(1)労働者本人の労働力の日々の再生産
(2)労働力の世代的再生産のための家族の維持
(3)新世代労働力の教育・訓練
という三つのことを含んでいるが、そのためには労働者が家族とともにある分量の生活手段を消費しなければならない。この労働力再生産のために必要な生活手段の量は、その国で資本主義が形成されたときの歴史的条件によって、また、その後の資本・賃労働の階級間の長期の力関係の変化によって決まる。労働力の価値は、この必要生活手段を生産するための労働投下量によって、したがって必要生活手段の価値によって決定される。
労働力商品は、労働者によって時間を限って(たとえば1日に8時間)販売されるが、これを購入した資本家は、生産過程で労働力を消費してその使用価値を発揮させる。すなわち、労働させる。その労働は新しく価値を創造するが、単に労働力自身の価値と同額の価値を創造するだけでなく、それよりも大きな価値を創造する。いま、労働力の1日あたりの価値が8000円で、これを再生産するために必要な労働時間が4時間だとした場合、労働者は、この必要労働時間を超えてさらに4時間の剰余労働を行い(合計が8時間労働となる)、8000円の剰余価値を生み出す。つまり、生み出した価値の合計は1万6000円となる。この剰余価値の取得が資本家の目的なのである。労働力の価値に応じて支払われた賃金8000円は必要労働に見合うものであって、剰余労働に対しては支払われない。
[二瓶 敏]
労働力の価値は、労働生産力の変化につれて変化する。資本蓄積にともなって労働生産力が発展すると商品の価値は低下傾向をたどるが、いま労働力再生産に必要な生活手段の量が一定だとしても(したがって労働者の生活水準が不変でも)、その価値が低下すれば、これに規定されて労働力の価値も低下する(その結果として必要労働時間が短縮されるが、1日の労働時間が一定であれば、剰余労働時間が増大して剰余価値が増える。これを、相対的剰余価値の生産とよぶ)。
賃金は、労働力の価値が貨幣で表現され、価格となったものであるが、この価格はその時々の労働力に対する需要・供給の変化によって価値から上下に乖離(かいり)しながら、長期的には労働力の価値に引き付けられる。資本蓄積が旺盛(おうせい)であれば労働力に対する需要が増大して賃金を上昇させるが、相対的過剰人口は労働力の供給を増加させて賃金を抑制する働きをする。また、労働者は労働運動によって賃金抑制に抵抗し、これを上昇させようとする。
[二瓶 敏]
このように、賃金は「労働力に対する支払い」であるが、実際の資本主義社会の現象面では、賃金は遂行された「労働に対する支払い」であるようにみえ、「労働」そのものが商品として取引されるようにみえる。賃金は労働の後で支払われることが多いので、このような見方が定着する。このような見方は、「労働」という商品の価値は「労働」によって決まるという無意味な同義反復に陥るので、不合理なのであるが、しかし、剰余労働を含む8時間労働全体が8000円の賃金によって支払われたという現象形態を生むことによって、剰余価値の搾取を隠蔽(いんぺい)するという役割を果たすのである。
賃金はきわめて多様な形態をとるが、基本的形態は次の二つである。
(1)時間賃金 労働力の販売は一定の時間決めで行われるので、賃金は日給とか週給というように時間に応じて支払われる。これが時間賃金である。ここでは労働の平均価格(時間賃率)と賃金総額とを区別する必要がある。労働力の平均日価値を1日の平均労働時間で割ることによって時間賃率が得られる。これに各人の実際の労働時間数を掛けたものが、各人が現実に受け取る賃金総額である。したがって労働時間が長くなればなるほど賃金総額が増大するので、時間賃金は労働時間の延長を刺激する作用をもつ。しかし、長時間労働が一般化すると時間賃率は引き下げられる。こうした時間賃金の引下げは、さらに労働時間延長を促進する。
(2)個数賃金 個数賃金は、労働者が生産した生産物の個数に応じて支払われる賃金形態であり、出来高賃金ともいう。この場合には労働者が販売するものは、すでに生産物に対象化された労働であり、賃金の多少も労働者の作業能力によって規定されているかにみえるが、生産物のうちには一定時間の労働が凝縮されているわけであるから、個数賃金は時間賃金の転化形態にすぎない。個数賃金においては、1個当りの労働の平均価格(個数賃率)は労働力の平均日価値を標準出来高で割ることによって得られる。これに各人が実際に生産した生産物個数を掛けることによって賃金総額が得られる。したがって労働者が賃金総額を増大させようとして、労働日延長と労働強化によって1日当りの出来高を増加させると、個数賃率の切下げをもたらし、さらに労働日延長と労働強化を促進する。
以上の2形態を基礎に、労働強度を刺激しつつ、支払賃金を極力抑制しようとして、さまざまな賃金形態が考案されてきた。
[二瓶 敏]
さらに名目賃金と実質賃金とを区別する必要がある。というのは、賃金は貨幣で支払われるが、生活手段の価格が絶えず変化するため、その貨幣額で購入しうる生活手段の量が変化するからである。名目賃金は貨幣の名目額で表され、実質賃金はそれで購入しうる生活手段の量で表された賃金である。インフレの場合には、名目賃金が上昇しても、物価の上昇に遅れることによって実質賃金が引き下げられる傾向が強い。
[二瓶 敏]
賃金は労働の価格として現象するが、その本質は労働力の価格である。賃金の大きさは、それゆえ、労働力の価値(労働力の再生産費)によって規定されている。しかし、労働力も商品として売買される以上、市場においては、一般の商品価格と同様に、需給関係による変動を免れることはできない。とはいえ、その変動は、労働力の価値を中心とした上下の軌跡を描くのではなく、労働力の需給関係における以下のような特殊な事情に規定されて、絶えず労働力の価値以下に低下する傾向をもつ。すなわち、機械制生産の進展によって、成人男子のみならず、不熟練・半熟練の女性・年少者まで労働市場へ引き入れられるとともに、資本主義的生産関係の拡大に伴って、農民、手工業者などの小生産者も賃労働者へ転化していくことによって、労働力の供給範囲の拡大が進む。他方、労働力に対する需要は、生産手段、生産設備の大型化と省力化のもとで、相対的に減少していく。こうして、労働力には絶えず供給過剰傾向が生じ、その結果、賃金は価値以下への低下を余儀なくされる。しかしこの傾向のもとで、同時に、窮状を強いられる労働者の抵抗も増大する。労働者は、労働組合を通じて賃金闘争を展開し、賃金引上げを要求する。また、最低賃金を社会的に規制する制度を国に要求し、賃金引下げに対抗しようとする。他方、資本家は、雇用を求める労働者間の競争を利用して低賃金の労働者を雇い入れるとともに、労働内容の違い、性・年齢などの自然的差異を理由とした賃金の格差づけ、賃金形態の複雑化、「合理的」な賃金体系の追求などによって、できるだけ賃金コストを削減しようとする。実際の賃金は、こうした労資の対抗を通じてさまざまな修正を受けつつ決定されていく。
[横山寿一]
賃金の実態は、まずその絶対的な高さ(絶対賃金)に示される。賃金は、個々の労働者ごとに異なるが、その水準をみる場合には、一般に、一定の項目に沿って労働者をグループ分けし、その平均賃金を算定する方法がとられる。一国の賃金水準は、その国の労働者全体の平均賃金によってみることができる。わが国では、厚生労働省の「毎月勤労統計調査」がもっとも包括的な数値を提供している。労働者は、現金給与以外にもさまざまな付加的給付を受け取る(その額は労働費用のうちの福利費として現れる)。現金給与に対する福利費の比率は、国際的には低位にあるわが国の場合でも約2割を占めており、より実態に即して賃金水準をみるためには、この部分も考慮される必要がある。厚生労働省の「賃金労働時間制度等総合調査」によって具体的数値を把握することができる。また、受け取った賃金が実際に購入しうる生活手段の量は物価水準によって左右されるため、名目賃金だけでは、その実質的な水準をみるうえでは限界がある。この点を補うのが実質賃金である。
[横山寿一]
一国の賃金のうちには、産業・企業・地域などの違い、労働者の属性(性、年齢、学歴、勤続年数、職種など)による格差がみられる。賃金のより詳細な実態は、この格差を示す賃金構造のうちに現れる。賃金格差の度合いが大きければ大きいほど絶対賃金の水準も低位となる。わが国の賃金構造は、年齢別・勤続年数別・企業規模別格差の著しさを特徴としている。なかでも企業規模別格差は、企業別賃金決定、大企業による下請中小企業の系列支配などを基礎に構造的性格をもっている。1955年(昭和30)に始まった春闘は、賃金スパイラルwage spiral(賃金決定の水平的波及)によってこの格差の拡大に一定の歯止めをかけてきた。しかし、70年代の不況以降は、春闘相場(社会的相場)自体の低迷と賃金ドリフト(協約賃金と企業内賃金との差)の強まり、企業収益の格差拡大、高学歴化、高齢化の差異などの影響をうけて賃金格差の是正は容易に進まず、拡大する傾向さえみられる。バブル崩壊以降は、そうした傾向が一段と強まっている。
賃金格差は賃金の分散度によってもみることができる。賃金の分散度には平均賃金ではなく個別賃金が用いられるので、賃金の格差をよりリアルに把握しうる。賃金格差の詳細は厚生労働省「賃金構造基本統計調査」にまとめられている。
[横山寿一]
賃金の実態は相対賃金の側面からもみる必要がある。相対賃金は、剰余価値(利潤)に対する賃金の大きさ(搾取率)を示す概念である。しかし、剰余価値を厳密に算出することは資料の制約があり困難なので、実際には近似的な指標が使用される。その一つに労働分配率(付加価値に対する賃金の比率)がある。また、売上高人件費比率(生産物価値に対する賃金の比率)によって、企業ごとにみる場合もある。労働分配率でみたわが国の相対賃金は、70年代なかば以降、賃金改定幅の抑制、正規雇用のパート労働・派遣労働への置き換え、法定外福利費の見直しなど、減量経営とリストラを通じて労働費用の抑制が図られてきたことから、上昇がほとんどみられず、バブル期には逆に大幅な低下さえみせた。1991年以降上昇傾向にあるが、それは付加価値額の低下によるもので実質的な改善を示すものとはいえない。
[横山寿一]
『桜林誠著『賃金の経済理論』(1969・東洋経済新報社)』▽『中川スミ著「労賃」(『資本論体系3 剰余価値・資本蓄積』所収・1985・有斐閣)』▽『氏原正治郎他編『講座 現代の賃金』全4巻(1977・社会思想社)』▽『社会政策叢書編集委員会編『今日の賃金問題』(1997・啓文社)』▽『労働省労働基準局編『新時代の賃金・退職金制度』(1998・労務行政研究所)』▽『木下武男著『日本人の賃金』(1999・平凡社)』
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
…日本では企業別組合が一般的であるが,こうした雇用慣行を土台にしなければ,かかる形は成立しえず,当然産業別組合が支配的な形態となっていたであろう。(2)年功賃金も大きな特色で,労働者の属性にリンクして賃金を決める属人給が一般的で,それも年齢・勤続等による格差が大きく,仕事の量や質への配慮が相対的に少なかった(年功的労使関係)。これを最もよく表すのが定期昇給制度で,技能も職務も変わらないのに年々賃金が上がることなど,外国ではなかなか理解されがたい。…
…賃金収入を得るために雇用主に労働を提供すること。資本主義社会になって初めてこのような形態の労働が行われるようになった。…
※「賃金」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
各省の長である大臣,および内閣官房長官,特命大臣を助け,特定の政策や企画に参画し,政務を処理する国家公務員法上の特別職。政務官ともいう。2001年1月の中央省庁再編により政務次官が廃止されたのに伴い,...
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