翻訳|counseling
さまざまな心理的な問題や不安などを抱え、その解決・解消を求めようとする個人(クライエントclient。クライアントとよぶ場合もある)に対して、専門的な視点・観点から心理的な援助・支援をすすめる対人行為の総称である。
[増田 實]
他者への心理的な援助・支援行為は、その問題状況に応じて、〔1〕治療的therapeutic、〔2〕予防的preventive、〔3〕進展的developmentalな働き(機能)に大別されてすすめられるが、カウンセリングは、これら三つの機能を包含した対人的援助・支援行為である。これに対して、心理的外傷(トラウマtrauma)などに基づく問題をもつ個人への対応は、治療的な援助・支援としてなされるので、これを心理療法(精神療法psychotherapy)とよんでいる。
カウンセリングと心理療法は、このように心理的な援助・支援という共有部分をもちながら、後者における問題などの特異性がとくに強調され、カウンセリングと区別してとらえられることが多い。
[増田 實]
実際のカウンセリングでは、クライエントの問題などはさまざまであるから、それらに対する具体的な対応(アプローチあるいは対処の仕方)はそのクライエントに即して、その機能を生かしてすすめられる。その実践領域には、教育・保育、厚生・福祉、医療・看護、産業・経営、矯正・司法、防衛(自衛隊)など、生活や生きることのすべてが含められる。
カウンセリングを導く理論は、多くの心理臨床的な事実や事象の探究・検証などを通して構築され、また再構成されて、今日ではさまざまな面からの探索に伴って、多くの理論が心理的援助・支援の実践に生かされている。そのうち代表的な理論は次の三つである。
(1)精神分析的カウンセリング 精神科医フロイトによって構築された心理治療に基礎をおき、クライエントの自由連想を中心にすすめられ、クライエントの内面の深層を分析することを通して、そのなかに潜むコンプレックスを解除しようとする。
(2)行動療法的カウンセリング 行動主義的カウンセリングともよばれる。1950年代後半からカウンセリング理論として構築され始めたが、行動理論と学習理論に立脚し、クライエントの行動の変容が目ざされる。悩みや不安、恐怖などを個人の行動の面から解決・解消するよう、さまざまな対応がくふうされている。
(3)来談者中心的カウンセリング パーソンセンタード・カウンセリングperson-centered counselingともよばれるが、ロジャーズにより創始・提唱され、個人の成長力や問題解決力を信じ、それにゆだねてクライエントの自己実現を図りながらすすめられる心理的対人援助・支援である。
これら以外にもカウンセリングに関連する理論が多く実践されているが、心理療法的色合いの濃いアプローチ・手法として、次のような理論があげられる。
(1)認知行動療法 エリスAlbert Ellis(1913―2007)やベックAaron Temkin Beck(1921―2021)などによる認知と行動の不一致を修復しようとする心理治療法。
(2)自律訓練法 ドイツの精神科医シュルツJohannes Heinrich Schultz(1884―1970)により創始され、注意の集中、自己暗示の練習などにより、全身の緊張を除いて心身の状態を自分で調整できるようにすすめる訓練的治療法。
(3)芸術療法 音楽が人間の生理と心理に及ぼす機能的効果を応用した音楽療法、また、絵画や造形、フィンガー・ペインティングなどを含む作業を行ってすすめる心理療法、あるいは、今日一つのアプローチとして確立されてきたコラージュ療法。
(4)催眠療法 催眠そのものの治療効果をねらって実施する場合と、催眠を利用してほかの心理療法の効果を付加的に高めようとする場合があるが、それらを含めた催眠の特性を利用して行う心理治療。
(5)森田療法 精神医学者森田正馬(まさたけ)(1874―1938)の開発による神経症患者を対象とした精神療法であり、症状をあるがままに受け入れる一方、行うべきことを提示して人間に備わる自然治癒力の回復を促進する心理治療法。
また、集団的なアプローチとして次のような療法などがある。
(1)家族療法 家族関係における機能不全を克服し、それを機能的なシステムに変化するよう介入援助する方法。
(2)サイコドラマ(心理劇) 心理学者のモレノによって創始され、演劇による心理治療効果(カタルシスなど)を利用しながら、自己啓発、教育など治療以外にも適用される集団的方法。
さらに、次のような理論が心理的な援助・支援の実践に適用されている。
(1)ゲシュタルト療法 パールズFrederick Salomon Perls(1893―1970)によって提唱された方法で、身体言語(身体感覚などから発することば)への気づきを深めることなどを通して、身体と心の一致した、その人らしさ、全人的な存在を体得するよう援助する方法。
(2)現実療法 グラッサーWilliam Glasser(1925―2013)により提唱され、生存、所属、力、自由、楽しみの五つの基本的欲求をバランスよく満たすことができるように援助する方法。
(3)実存的心理療法 ビンスワンガー(ビンスバンガー)、ボスMedard Boss(1903―1990)、フランクルなどによる実存哲学や実存心理学に依拠し、自由と責任、自己同一性、自己実現などを目ざしながら、個人のあり方を変容するように援助する方法。
これらの理論は、いずれもその支柱をなす人間観(人間をどのような存在としてとらえるか)に基づいて導き出されているが、G・W・オールポートの所論によれば、これらの人間観は、〔1〕反応する存在a reactive being、〔2〕深層で反応する存在a reactive being in depth、〔3〕生成過程にある存在a being in process of becomingの三つに大別してとらえられるが、行動療法的カウンセリングは〔1〕から、精神分析的カウンセリングは〔2〕から、来談者中心的カウンセリングは〔3〕から導き出されている、といえる。
[増田 實]
カウンセリングの実践に際しては、その相手=クライエントがだれであっても、一個の人間a human beingとしてみるということが肝要であるが、そこで形成されるクライエントとの関係では、次の三つが顧慮され、そして、心理臨床的対人援助・支援者(カウンセラーなど)に体得されるよう求められる。
(1)相手の内的世界に向かうことbeing-for(his/her inner world) クライエントの外的諸条件(年齢、性別、職業など)にとらわれず、その存在そのもの、内面の動きに目を向け、できるかぎり評価的にとらえずにそれ自体を尊重するというあり方(態度)をもつ。
(2)相手の内的世界に触れることbeing-in(his/her inner world) クライエントの内面の流れ、すなわち、考えや感情などは、瞬時瞬時に変化しながら動いているが、その時々の「いま、ここで」here and nowのそれらを受け止め、そして、伝えていく。これには「傾聴」が欠かせない。これを続けていくなかで、共感empathyや共感的理解empathic understandingが生じ、クライエントとの相互的な深いつながりやクライエントの問題解決・解消に導かれる。
(3)相手の内的世界とともに歩むことbeing-with(his/her inner world) クライエントの内側では、否定と肯定、激と静、強と弱などさまざまな考えや感情の動きが惹起(じゃっき)するが、クライエントとの心理的なつながりをもちながら、この動きに巻き込まれずに、ほどよい距離を保ってともに歩む。これがなされるには、対人援助・支援者(カウンセラーなど)として器の大きさや柔軟さ、感受性の豊かさなどが問われるが、クライエントとのこのような関係の成立がその援助・支援に結びつく。
以上の三つは、ロジャーズのいう3条件(無条件の積極的関心、共感的理解、自己一致)にほぼ符合するが、これらはカウンセリングの実践においてその土台をなすと考えられ、そして、それぞれのカウンセリング理論の展開、技法の適用や活用は、この土台の上で成り立つ、という認識が望まれる。
[増田 實]
カウンセリングということばが今日ほど多く使われることは、これまでなかった。それは、個人的また社会的な問題解決・解消に対するカウンセリングへの期待の表れである、と思われる。
これらの期待にこたえ、また、カウンセリングや心理療法の果たす役割をより確かにするため、カウンセリングに関する資格化が広く求められてきている。そのなかで、医師、弁護士などのような、いわゆる国家資格までにはいまだ至っていないが、1980年代の後半以降、準公的性格を有する資格が急速に制度化されるようになった。日本臨床心理士資格認定協会による「臨床心理士」をはじめ、日本カウンセリング学会の「認定カウンセラー」、日本産業カウンセラー協会などの諸機関・団体による認定資格(「産業カウンセラー」など)がそれである。これらの資格の生かされ方はそれぞれ異なるが、「臨床心理士」の資格は、とくに「スクールカウンセラー」としてもっとも多く活用されている。
しかし、カウンセリングに関して、一般的には誤りのない理解や認識が得られているとはいえない現状であり、誤解も多い。また、カウンセリングということばが適切な使われ方をされていない場合も散見する。さらに、低レベルでのカウンセリングがなされていることによる弊害も生じている。
カウンセリングに関する適切な啓蒙(けいもう)とともに、カウンセリング関係有資格者の質の向上が、今後よりいっそう求められる。また、カウンセリングのみでは対応しきれない問題も多いので、その実施に際しての限界を見極めることも課題の一つにあげられよう。
[増田 實]
『西光義敞著『暮らしの中のカウンセリング』(1984・有斐閣)』▽『水島恵一・岡堂哲雄・田畑治編『カウンセリングを学ぶ 新版』(1987・有斐閣)』▽『井出美智子・増田實・見藤隆子著『ヘルス・カウンセリング』(1987・教育医事新聞社)』▽『畠瀬直子著『カウンセリングと「出会い」』(1991・創元社)』▽『佐治守夫著『カウンセリング』(1992・日本放送出版協会)』▽『増田實編著『健康カウンセリング』(1994・日本文化科学社)』▽『伊東博著『カウンセリング』第4版(1995・誠信書房)』▽『国分康孝著『カウンセリングの原理』(1996・誠信書房)』▽『中西信男・葛西真記子・松山公一著『精神分析的カウンセリング――精神分析とカウンセリングの基礎』(1997・ナカニシヤ出版)』▽『菅野泰蔵著『カウンセリング解体新書』(1998・日本評論社)』▽『内山喜久雄・中沢次郎監修、亀山直幸他編『産業カウンセリング事典』(1999・川島出版)』▽『伊藤義美・増田實・野島一彦編著『パーソンセンタード・アプローチ――21世紀の人間関係を拓く』(1999・ナカニシヤ出版)』▽『南博・林幸範著『よくわかる心理カウンセリング――悩める心の相談相手』(2000・日本実業出版社)』▽『氏原寛・村山正治著『ロジャーズ再考――カウンセリングの原点を探る』(2000・培風館)』▽『コリン・フェルサム、ウインディ・ドライデン著、国際カウンセリング協会監訳『カウンセリング辞典』(2000・ブレーン出版)』▽『デイブ・ミャーンズ、ブライアン・ソーン著、伊藤義美訳『パーソン・センタード・カウンセリング』(2000・ナカニシヤ出版)』▽『増野肇著『森田療法と心の自然治癒力――森田式カウンセリングの新展開』(2001・白揚社)』▽『佐治守夫・岡村達也・保坂亨著『カウンセリングを学ぶ――理論・体験・実習』第2版(2007・東京大学出版会)』▽『諸富祥彦編『人生にいかすカウンセリング――自分を見つめる人とつながる』(2011・有斐閣)』▽『氏原寛・小川捷之・近藤邦夫他著『カウンセリング辞典』新装版(2020・ミネルヴァ書房)』▽『河合隼雄著『カウンセリングを考える 上・下』(創元こころ文庫)』▽『河合隼雄著『カウンセリングを語る』(角川ソフィア文庫)』
出典 最新 心理学事典最新 心理学事典について 情報
英語で〈相談すること〉を意味するが,今日の日本では単なる相談や助言よりも専門的な意味をこめて用いられるときと,そうでないときとがある。アメリカにおいて,最初は職業指導,個人指導など,専門家が〈指導〉することが熱心に行われたが,それでは不十分であり,話合いによって方向を見いだしてゆくことがたいせつであるとの考えから,1940年ころよりカウンセリングが盛んとなってきた。その過程において,それは個人の可能性を開発していくことができることが明らかとなってきたので,カウンセリングは,単なる相談の域を越えて,人間の自己実現の可能性をひき出していく方法として重要視されるようになった。カウンセリングにおいて,悩みや問題をもって来談する人をクライアントclient,それに応じる人をカウンセラーcounselorと呼ぶが,カウンセラーとクライアントの人間関係のあり方が,クライアントの自己実現傾向を促進することが認められ,それについての研究が盛んとなった。
カウンセリングは簡単な知識や情報を得るために1回だけの面接が行われるものから,上記のようなクライアントの自己実現にかかわって長期間に及ぶものまであるが,狭義には,後者のものだけをカウンセリングと呼び,専門的な訓練を受けた者が担当すべきであると考える人もある。今日一般にはきわめて広義に使用され,〇〇カウンセリングという名称によって単なる相談が行われていることが多い。専門的には,カウンセラーがクライアントの悩みを共感的に理解し,受容的な態度によって接することにより,クライアントの自己実現の可能性を十分にひき出すことがたいせつと考えられている。個人に対してのみではなく,集団で行うグループ・カウンセリング,家族を対象とする家族カウンセリングなどがある。カウンセリングにおいても,多くの学派や方法があるが,深層心理学の諸学派からの影響を強く受けている。
執筆者:河合 隼雄
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…すなわち知能障害,情緒障害,反社会的行動,非社会的行動などを示す子どもについて,その原因を明らかにし,症状に応じて対応する。たとえば登校拒否児の場合,本人の心理的状態と親子関係,学校の学習指導のあり方や友人関係などに目を向け,本人に対して種々の心理療法を適用しつつ親に対するカウンセリングも行い,必要に応じて教師に指導助言をするなどである。教育相談としては,このようなもののほかに,とりたてて問題をもたない子どもも含めて,身体,知能,学力,パーソナリティなどの検査を実施し,そのデータを参考にしながら面接するなどして科学的な教育指導を行おうとすることも教育相談に含む。…
…一般に,危機や新しい不安に対しては,受容的態度で患者の自己表現をはかり,洞察をまつが,慢性化した行動や態度の異常に対しては学習や訓練の側面が中心となる(行動療法,森田療法)。治療者との人間関係に重点をおくもの(精神分析,カウンセリング)から特殊な状況のなかでの変容を期待するもの(森田療法,内観療法)等,また,理論や利用する手段に従ってさまざまな分類がある。不安および不適応行動の成立についての科学的理論とそれに基づく技法がないと精神療法とはいえないが,宗教による〈癒し〉のみならず,日常生活の中の人間関係の支援にも共通するメカニズムを見いだすことはできる。…
※「カウンセリング」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
「歓喜の歌」の合唱で知られ、聴力をほぼ失ったベートーベンが晩年に完成させた最後の交響曲。第4楽章にある合唱は人生の苦悩と喜び、全人類の兄弟愛をたたえたシラーの詩が基で欧州連合(EU)の歌にも指定され...
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