序破急(読み)じょはきゅう

精選版 日本国語大辞典 「序破急」の意味・読み・例文・類語

じょ‐は‐きゅう ‥キフ【序破急】

〘名〙
① 雅楽の楽曲構成上の三区分。洋楽の楽章に相当する。「序」は最初の部分で、拍子にはまらないのが特徴。「破」は曲の中間の部分で、音楽は拍子にはまるがゆるやかな速度で奏される。「急」は最後の部分で、序や破にくらべると少し急テンポ。舞楽のときは、序は登場音楽で、破と急は舞の伴奏音楽となる。序破急の三つが完備している曲が理想のようにいわれるが実際には少ない。破は延拍子、急は早拍子で奏される。〔色葉字類抄(1177‐81)〕
※楽家録(1690)一三「夫楽者、以序破急三曲具也」
② 芸能における速度の三区分。「序」はゆっくり、「破」は遅くもなく早くもなく、「急」は早く。浄瑠璃、講談などの話のテンポや、声音の緩急などにもいう。
※ささめごと(1463‐64頃)下「此二にたどり侍ば、万道の序破急、諸経・諸論の序正流通・因縁・譬喩の所にまどひ侍べしとなり」
※歌謡・松の葉(1703)五・哥音声「まづ三味線の調子を大切に合はせての上、うたひはじむる事肝要にして、序破急(ジョハキウ)のくらゐ、浮き沈み
③ 能や浄瑠璃などで、脚本構成上の三区分。速度と一致する、しないにかかわらず、「序」は導入部、「破」は展開部、「急」は結末部。
※描写論(1911)〈田山花袋〉四「昔の作家は落ちを考へた。序破急などといふことも考へた」
④ 演出上の三区分。「序」はすらすらと平明に、「破」は技巧をつくし変化にとませ、「急」は短く躍動的に演ずる。能では開始から終結までの進行の原理として、一日の番組から、一曲の能、所作一挙手一投足に至るまでこの原理が適用されるべきだとする。
風姿花伝(1400‐02頃)三「能に、序破急(ジョハキフ)をば、何とか定(さだむ)べきや」
⑤ 連歌・連句で、一巻の進行の三区分。最初は穏やかに無事に、次に波瀾曲折を尽くし興味があるように、終わりはさらさらと軽く付けて運ぶべきだとするもの。
筑波問答(1357‐72頃)「楽にも序破急のあるにや。連歌も一会紙は序、二会紙は破、三・四の会紙は急にてあるべし」
⑥ すべて物事の、はじめ・なか・おわり。物事の展開のさまをたとえていう語。
仮名草子・悔草(1647)中「善悪を正して、物事に序破急(ジョハキウ)をはかり、寒さあつさ、飢夜づめを思ひやり、つかふべし」

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デジタル大辞泉 「序破急」の意味・読み・例文・類語

じょ‐は‐きゅう〔‐キフ〕【序破急】

雅楽で、楽曲を構成する三つの楽章。初部の「序」は緩徐で拍子に合わず、中間部の「破」は緩徐で拍子に合い、終部の「急」は急速で拍子に合う。
芸能における速度の3区分。「序」はゆっくり、「破」は中間、「急」は速く。講談などの話のテンポ、邦楽などの演奏のテンポなどにいう。
芸能における演出上の3区分。「序」は事なくすらすらと、「破」は変化に富ませ、「急」は短く軽快に演ずる。・舞踊などでいう。
能や浄瑠璃などで、脚本構成上の3区分。「序」は導入部、「破」は展開部、「急」は結末部。
能などで、番組編成上の3区分。五番立ての番組で、脇能を「序」、二番・三番・四番目を「破」、五番目を「急」とする。
連歌俳諧で、一巻ひとまきの運びを規制した形式・原理。「序」は無事に静かに、「破」は曲折に富んでおもしろく、「急」はさらさらと軽くつけ終わるべしとするもの。
すべての物事の、始め・なか・終わり。物事の展開してゆく流れ。「話に序破急の変化をつける」

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改訂新版 世界大百科事典 「序破急」の意味・わかりやすい解説

序破急 (じょはきゅう)

日本の芸能用語。雅楽の舞楽における当曲(とうきよく)の楽章を代表する序・破・急の三つの語が合成されて熟語となったもの。舞楽の各演目は,前奏,舞人の登場,当曲の奏舞,舞人の退場という4部分から構成される。そして左方(さほう)の舞楽においては,そのうちの当曲の部分は,ふつう一ないし四つの楽章からなり,二つ以上あるときには,序,破,急,詠,囀(てん)/(さえずり)などの楽章名で呼ばれる。とくに,序・破・急は,その三つ全部がそろうことはまれであるにしても,しばしば用いられ,しかも順序はけっして前後しない。まずは,伴奏の唐楽が非拍節的リズムであるのが大きな特徴で,管楽器は,序吹きと通称する吹き方によって,ゆったりとうねるような旋律を奏する。この序が当曲に含まれるとすれば,必ず冒頭に置かれるのは前述のとおりだが,舞楽全体としては,けっして冒頭ではないので注意を要する。序に対して,破は拍節的リズムの延(のべ)あるいは只(ただ)という拍子,急は同じく早(はや)という拍子の唐楽を伴奏に舞われる。破,急それぞれの速度が緩から急に変化し,破全体よりも急全体の方がテンポが速いとは必ずしもいえない。同じ舞楽でも右方(うほう)の場合には,序という名の楽章はなく,破,急の拍子も,左方のそれとは異なっている。

 序・破・急という三つの構成部分を認識することは,室町時代においては,雅楽以外の分野においても,かなり広く行われていたようである。たとえば二条良基は,《筑波問答》において〈楽にも序・破・急のあるにや。連歌も一の会紙は序,二の会紙は破,三,四の会紙は急にてあるべし。鞠にもかやうに侍るとぞ其の道の先達は申されし〉と述べ,心敬の《ささめごと》には〈万道の序・破・急〉という表現がある。芸能の分野では,観阿弥から〈一切(いつさい)の事(じ)に序破急あれば,申楽もこれ同じ。能の風情を以て定むべし〉との教えをうけた世阿弥は,能一曲の構成について,ワキ登場の段を序,シテ登場を破一段,シテ・ワキ応対を破二段,シテの物語から中入りを破三段,後ジテの場面の全体を急であるとし,また,番組編成についても,初番目を序,二番目を序の名残,三番目からを破とするなどと述べ,やがて,初番目が序で二,三,四番目が破の一,二,三段,五番目が急と説明されるようになる。世阿弥はさらに,〈一舞・一音の内〉や〈舞袖の一指,足踏の一響〉〈見所一見〉などにまで,序破急を説く。

 しかし,これら美学的思考と結びつけられた序破急はもちろん,能1曲の構成や番組編成上の序破急にしても,舞楽から取り入れたのはその言葉だけであり,芸能の構造そのものの直接的な影響を受けたわけではないと考えるのが穏当である。舞楽においては,序破急という熟した用語は用いられないといってよいが,ほかの分野では,これが完全に一つの単語として,速度の漸急の意味で用いられることがあり,緩急変化や強弱変化を意味する場合もある。さらには,時間性を持たない造形芸術などまで,序破急の有無が指摘されることもある。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「序破急」の意味・わかりやすい解説

序破急
じょはきゅう

日本の芸能に共通する理念の一つで、曲や劇の構成上の3段階をさす語。そのもとは雅楽の一曲を構成する三つの楽章をいい、序は緩やかな導入部、破は内容豊かな展開部分、急は急テンポの終章に相当する。この理念は能に入り、一曲の歌舞の展開と一日の上演曲目の配列との二様に適用されるようになる。一曲については序の舞、破の舞、急の舞の三段展開で、能の大成者世阿弥(ぜあみ)は『風姿花伝』において「一切の事に序破急あれば申楽(さるがく)もこれ同じ」と明文化した。さらに『三道(能作書)』の冒頭には「序・破・急の三体を五段に作りなして、さて詞(ことば)を集めて、曲を附けて書連ぬるなり」とする。破をさらに破の序、破の破、破の急の3段に分けたのである。一日の演目もこれに準じて五番立てとされた。『習道書』に「能の序破急の事、脇能(わきのう)は序なり、二番・三番・四番は破にて、事を尽して、五番目は急にて果てて」一日の能はなると記されている。『花鏡(かきょう)』にはさらに具体的な詳述がある。

 この序破急の理念は下って浄瑠璃(じょうるり)に入り、初め6段または12段だった浄瑠璃の、時代物五段、世話物三段という劇的構成への進展を促した。このように序破急は日本の伝統芸能を貫く構成原理といえるが、西洋でもアリストテレスが『詩学』においてギリシア悲劇の完結性を「初めと中と終わりのあること」と定義したように、劇構成には東西を問わずみられる共通の理念である。浄瑠璃の五段展開は、ローマ劇やフランス古典劇の金科玉条とされた五幕形式に比較されよう。しかも世阿弥が「一切の事に序破急あれば」といったように、「起承転結」の語と同様、演劇・芸能に限らず人生そのものを含めてあらゆる物事に通じる基本的な理念である。

[河竹登志夫]


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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「序破急」の意味・わかりやすい解説

序破急
じょはきゅう

日本音楽,舞踊,芸能および文芸における形式原理用語。「序」「破」「急」3語の合成語。普遍的概念としては,1つの様式を3段に分割すること。対照の原理によらず漸次変化の原理により,本格から破格へ,静から動へ,緩から急へといった変化過程において,常に漸層的変化の形式をとるための3部分構成を示す。 (1) 雅楽 序は非拍節リズム,破は細かいリズム,急は急速なテンポを意味し,現行では,楽曲によって序破急全部あるいは序破,または破急の別をもつが,大部分の曲は,破または急のいずれかだけの場合が多い。また序によって管楽器を演奏することを序吹 (じょぶき) という。 (2) 能 単に時間的進行区分を表わすことから,1日の演能組立て,1曲の構成原理にも用いられる。特に世阿弥の能楽論において,やや哲学的な意味をもつまでの複雑な理念用語として用いられた。五番立における1番目の脇能を序,2,3,4番目を破,5番目を急とし,また1曲における導入部を序,シテ登場から中入までを破,後ジテ登場以後を急の段とする。 (3) 義太夫節浄瑠璃時代物の5段組織において,能の五番立に基づいた構成原理として用いられた。特に物語の展開部にあたる破 (2,3,4段目) のうち,劇的頂点を迎える3段目の切は,最高位の太夫が語る重要場面とされる。 (4) 三味線音楽一般では,単にテンポの漸速,すなわちアッチェレランドに相当する発想用語として用いられ,単に緩急の変化の有無をも,序破急がある,ない,などという。そのほか,声明では (1) と同様の意味で,拍節的な「定曲」に対し非拍節な「序曲」があり,中世文芸においても,時間的構成の指導原理の一つとして連歌に用いられ,俳諧でも応用された。

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百科事典マイペディア 「序破急」の意味・わかりやすい解説

序破急【じょはきゅう】

日本芸能の形式や構成上の原理を表す用語。舞楽から出た言葉であるが,芸能の種類によって意味が異なる。(1)舞楽では,1曲を構成する三つの楽章の名称。序は速度が最もおそく,拍子にとらわれず自由に演奏される。破は速度は序とほぼ同じだが,拍子に合わせて演奏され,急は拍子に合わせて急な速度で演奏される。序破急を完備した曲は《五常楽》など数曲だけである。近世邦楽では,漸次急速になるテンポのことをいうことが多い。(2)能楽では,の構成,演出の根本理念として,のびやかな導入部,こまやかな表現の展開部,変化の急な終結部をいう。世阿弥は序一段,破三段,急一段の五段構成を作能の基本とした。また1日の演能全体から1足1句の演技まで,テンポの加速度的移行を序破急という。
→関連項目五常楽謡曲

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世界大百科事典(旧版)内の序破急の言及

【雅楽】より


[リズム]
 雅楽曲のリズムには非拍節的なものと拍節的なものとがあり,神道系祭式芸能では前者を静(しず)拍子,後者を揚(あげ)拍子ということがある。大陸系の楽舞では,非拍節的リズムは序破急(後述)の〈序〉の部分,および〈音取(ねとり)〉,〈調子〉(〈品玄(ぼんげん)〉〈入調(にゆうぢよう)〉),〈乱声(らんじよう)〉などにみられるが,リズム型そのものを表す用語はない。拍節的リズムは〈~拍子〉といって区別され,代表的なものに早(はや)拍子,延(のべ)拍子,只(ただ)拍子八多良(やたら)拍子の4種がある。…

※「序破急」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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