北朝鮮の指導政党で1945年10月10日に創設。2012年改正の党規約で「
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北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の支配政党。1945年10月10日に発足した朝鮮共産党北部朝鮮分局を起源とし、この日が現在の朝鮮労働党創建記念日とされている。北朝鮮憲法では、「朝鮮労働党の領導のもとにすべての活動を行う」(第11条)と明示しており、党の国家に対する優位性が確立されている。党員数は全人口の約4分の1にあたる600万人程度。機関紙は日刊の『労働新聞』、機関誌は月刊の『勤労者』である。党の軍隊として、朝鮮人民軍がある。
[礒﨑敦仁 2021年4月16日]
初代最高指導者である金日成(キムイルソン)は、1945年12月に朝鮮共産党北部朝鮮分局の責任書記に就任。朝鮮新民党の合流を受け入れる形で1946年8月に北朝鮮労働党創立大会が開かれ、金枓奉(キムドゥボン)が委員長に、金日成が副委員長に就任した。1949年6月に南北の朝鮮労働党を合同して現党名となり、金日成が中央委員会委員長に就任した。1950年から1953年の朝鮮戦争で権力強化に成功した金日成は、1955年12月に「思想活動において教条主義と形式主義を一掃し、主体(チュチェ)を確立するために」と題する演説において、後の主体思想のもととなる「主体」概念を提示したとされる。1966年10月党中央委員会第4期第14回全員会議における書記局制導入に伴って、金日成は中央委員会総書記に就任した。1994年7月の金日成死去後、「三年の喪」を経て、1997年10月には金正日(キムジョンイル)が総書記に推戴(すいたい)された。金正日死後の2012年4月、金正恩(キムジョンウン)が新設の第一書記に就任した。さらに2016年5月に委員長、2021年1月に総書記へと名称変更し、金正恩が推戴された。
[礒﨑敦仁 2021年4月16日]
党の「最高指導機関」は党大会で、党中央委員会が5年に1回招集し、党大会招集日は数か月前に発表すると定められている。
1946年8月、北朝鮮労働党創立大会が開催され、これが第1回党大会とみなされている。朝鮮共産党北部朝鮮分局から名称が変更され、党規約には「富強な民主主義独立国家」を建設するとの目標が明示された。また、機関紙『労働新聞』、機関誌『勤労者』の発行が決定された。第2回党大会は、1948年3月に開催された。その後、同年9月9日に朝鮮民主主義人民共和国が樹立されている。第3回党大会は、1956年4月に開催され、翌1957年からの人民経済発展五か年計画が発表された。スターリン批判が展開されたソ連共産党第20回大会後に初めて開催された党大会であり、社会主義諸国との親善団結が訴えられた。第4回党大会は、1961年9月に開催され、人民経済発展第一次七か年(1961~1967年)計画の課題が討議された。第5回党大会は、1970年11月に開催され、人民経済発展六か年(1971~1976年)計画の課題が討議されたほか、主体思想を「確固不動たる指導思想」として、「唯一思想体系」が強調された。第6回党大会は、1980年10月に開催され、党規約によって主体思想が唯一の指導思想であることや、党の最終目的が全社会の主体思想化にあることが明示された。それ以上に重要なのは、金正日が公式の場に初めて登場したことで注目された大会という点であり、金正日は党中央委員会政治局常務委員会委員、党中央委員会書記に就任した。後年になってこの大会は、「首領の偉業継承問題が輝かしく解決され、主体革命偉業完成の確固たる担保が用意された」と位置づけられた。第7回党大会は、第6回党大会から36年ぶりとなる2016年5月に開催された。党第一書記であった金正恩は、新設ポストである党委員長に推戴され、国家経済発展五か年戦略(2016~2020年)が打ち出された。金正恩は、翌6月開催の最高人民会議で新設された国務委員会委員長に推戴され、金正恩体制の新たな幕開けとなった。第8回大会は、2021年1月に開催された。経済面で大きな成果を誇れないなか、金正恩の職名が党委員長から党総書記に変更された。
党大会に準じるものとして、党代表者会がある。第1回党代表者会は、1958年3月に開催され、人民経済発展第一次五か年計画が承認されるとともに、金日成の党内権力に挑戦をしたとされる延安派およびソ連派の粛清を総括する場となった。第2回党代表者会は1966年10月に開催され、社会主義経済建設の課題などについて討議されたほか、ベトナム問題に関する声明が発表された。第3回党代表者会は2010年9月に開催され、金正日を党総書記に再推戴するとともに、金正恩を党中央軍事委員会副委員長に選出した。金正恩が公式の場に初めて登場したのである。第4回党代表者会は2012年4月に開催され、金正恩を新設ポストである党第一書記に推戴した。改正された党規約では、党が「偉大な首領金日成同志と偉大な領導者金正日同志の党」であることを明示したばかりでなく、「金日成・金正日主義」を党の指導思想に定めた。
党中央委員会は、全員会議(総会)を1年に1回以上招集するとされている。党規約によれば、「党の前に出てきた重要な諸問題を討議決定し、党中央委員会政治局と政治局常務委員会を選挙し、党中央委員会書記を選挙し、書記局を組織し、党中央軍事委員会を組織し、党中央検査委員会を選挙する」ことなどが任務および権限とされる。金日成政権期には定期的に開催されていた一方、「先軍政治」を掲げた金正日政権は、党大会のみならず党中央委員会全員会議も開催していなかった。しかし、2010年以降、金正恩後継体制構築に際して党重視への回帰が明白となった。金正恩政権は、党中央委員会全員会議を不定期に開催しているほか、党中央委員会政治局の会議で重要決定を発表するという特徴もみられる。
「党と大衆を連結する媒体」(外郭団体)として勤労団体が設置されている。具体的には朝鮮職業総同盟や朝鮮農業勤労者同盟がこれにあたる。また、青年組織も設置されている(機関紙『青年前衛』)。ほかに朝鮮社会主義女性同盟などがある。
[礒﨑敦仁 2021年4月16日]
朝鮮民主主義人民共和国の政権を担う政党。1930年代の抗日パルチザン闘争の革命伝統を継承し,金日成のチュチェ(主体)思想を指導指針とし,〈共和国北半部における社会主義の完全な勝利と全国的範囲における民族解放民主主義革命・祖国統一の実現を当面の目的,共産主義の建設を最終目的〉としている。労働者・農民・勤労知識人の前衛部隊であると同時に,朝鮮民族と朝鮮人民の利益を代表する大衆的政党でもあるとされている。
解放直後北朝鮮の共産主義者も,いち早くソウル中心に生まれた朴憲永らの朝鮮共産党の影響を受けていたが,1945年10月に金日成らを中心に独自の朝鮮共産党北朝鮮分局(最近の公式文献ではこれを朝鮮共産党北朝鮮組織委員会と呼び,あるいはこの時期に朝鮮労働党が創立されたとしている)が組織され,さらに46年8月広汎な勤労大衆を指導する必要から朝鮮新民党と合同して北朝鮮労働党が生まれた(このときから49年6月まで委員長は旧新民党の金枓奉(きんとほう)で,金日成は副委員長)。続いて南朝鮮でも46年9月朝鮮共産党・新民党・人民党の三者が合同して南朝鮮労働党が生まれ(委員長許憲),果敢な反米人民抗争,48年以後にはパルチザン抗争をも展開したが,厳しい弾圧の中で朴憲永ら主要な指導者はしだいに安全な北朝鮮に移るようになり,49年6月には南北の党が合体して朝鮮労働党(委員長金日成)として再発足した。朝鮮戦争後には南におけるその地下組織もまったく消滅した。
48年3月の北朝鮮労働党2回大会に続いて56年4月3回大会,61年9月4回大会,70年11月5回大会,80年10月6回大会と重ねてきたが,この間53年8月朴憲永ら南朝鮮労働党系の粛清,56年崔昌益ら延安派(〈朝鮮独立同盟〉の項参照)・親ソ派の追放など激しい党内闘争を経験したすえ,50年代末以降金日成による唯一指導体系を強化している。中ソ論争の顕在化以降はゆれを示しつつも完全にはいずれにも組みせず,自力更生のチュチェ思想を強調して独自の国際路線をとり,非同盟諸国との連帯を重視した。党員数は56年にすでに100万名を超え,72年約200万名,80年306万名(北朝鮮人口の20%に近い)に達する。最高決定機関は大会だが,執行機関として100余名からなる中央委員会,その内部に中央委員会政治委員会と中央委員会秘書局(金日成は66年10月の第2回党代表者会以後総秘書)が設けられている。なお《労働新聞》は中央委員会の機関紙である。
執筆者:梶村 秀樹
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…朝鮮戦争(1950‐53)後は休戦ライン以北を支配領域としており,9道19市144郡からなる。1930年代中国東北で展開された抗日武装闘争の革命伝統を受けつぎ,朝鮮労働党をひきいる金日成を建国以来の指導者として,自主独立の姿勢で一貫してきた。94年の金日成没後,金正日を中心とする後継者体制を築きつつある。…
…朝鮮労働党中央委員会の機関紙で,朝鮮民主主義人民共和国の代表的な日刊新聞。1946年9月北朝鮮労働党の成立にともない,北朝鮮共産党機関紙《正路》が朝鮮新民党機関紙《前進》を統合して発足した。…
※「朝鮮労働党」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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