世界大百科事典(旧版)内のĀtreyaの言及
【医者】より
…すでに前6世紀には二つの医学の中心地があった。北西部のタキシラには内科的治療を専門とするアートレーヤĀtreya学派が,東部のベナレスでは外科的治療も取り入れたダンバンタリDhanvantari学派が活動していた。前者はとくに医者の倫理を重んじ,その綱要書《チャラカ・サンヒター》には,すぐれた医師を見分ける方法,学習指導の方法,患者に接すべき態度などをこまかく規定し,他の医者との議論を奨励し,論争法も述べている。…
※「Ātreya」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」