日本大百科全書(ニッポニカ) 「トナカイ」の意味・わかりやすい解説
トナカイ
となかい
reindeer
[学] Rangifer tarandus
哺乳(ほにゅう)綱偶蹄(ぐうてい)目シカ科の動物。中形ないし大形のシカである。普通シカ類は雄だけが有角であるが、本種のみは雌にも角(つの)があるのが大きな特徴の一つである。生息地はユーラシア、北アメリカの北部などで、そのうち北アメリカ産のものは慣習的にカリブーとよばれている。また、北ヨーロッパやシベリア地方では古来、馴化(じゅんか)され家畜として飼養されている。このため、トナカイにはジュンロク(馴鹿)の名もある。
トナカイは寒冷地に生息するため、環境に適応したいくつかの特徴を備えている。外耳殻が小さいこと、鼻鏡にも毛が生え裸出していないこと、丸くて大きなひづめを有し、副蹄も発達していることなどは、降雪量の多い酷寒地への適応であろう。体格は亜種により差があるが、体高80~150センチメートル、体重40~315キログラム。雄のほうが雌より25%ほど大きい。毛色や行動には亜種により若干の差がある。
[増井光子]
亜種
トナカイは、生息地により多数の亜種に分けられるが、ツンドラトナカイR. t. tarandusとシンリントナカイR. t. caribouを中心とする二つのグループに大別されることが多い。ツンドラトナカイは、体格が小柄で四肢は短い。体毛は柔らかで長く、毛色は森林性のものより淡い。頬部(きょうぶ)や四肢は淡色で、頸部(けいぶ)は白っぽくなる。角の主軸は円筒形で淡褐色。北極海諸島、ノルウェー北部からシベリア北部、アラスカ、カナダ北部、グリーンランド西岸などに分布。季節により600~1200キロメートル以上の距離を移動する。
シンリントナカイは、ツンドラの針葉樹林帯にすみ、体格は大きく、四肢が長い。毛色は濃い暗褐色で、長距離の移動はしない。本亜種の雌の30~40%には角がない。角は暗褐色で主軸は扁平(へんぺい)。分布域はカナダ中部、ニューファンドランド島、フィンランド、シベリア、アムールなどである。
[増井光子]
生態
トナカイの主食はトナカイゴケといわれる地衣類や、ヤナギ、ポプラなどであるが、夏季には草本類も食べる。そのほか、レミング、ハタネズミなどの小動物も食べることがある。トナカイは群居性が強い動物で、とくに移動開始時には5万~10万頭もの大群になることがある。群れは、平常は雌雄に分かれているが、秋の発情期には混合群となる。長距離移動をするツンドラトナカイでは、4~5月に群れは北方へ移動し、6~7月を過ごしたあと、8~9月にふたたび南部の森林へと戻ってくる。
雄の巨大な角は、3月ごろから袋角が出始め、9月中旬ごろからそれがむけ始め、10月になると角化する。発情期は10~11月で、この時期を過ぎるとすぐに落角する。雌では雄より遅く袋角が出るが、落角も翌年の4~6月ごろである。妊娠期間は7か月半ほどで、分娩(ぶんべん)は5月下旬から6月初旬の2週間ほどに集中的におこる。普通1産1子で、子の体重は4~5キログラム。天敵はオオカミ、コヨーテ、オオヤマネコ、クズリ、猛禽(もうきん)類など。寿命は野生で13年、飼育下で20年ほどである。
[増井光子]
トナカイと人間との関係
後期旧石器時代にすでに狩猟が行われていたことが知られており、ヨーロッパの同時代の洞窟(どうくつ)絵画にそのトナカイ狩猟のようすが残されている。家畜化が始まったのは早くても紀元前2000年以後で、発祥の地としては南シベリアが有力である。現在でも北アメリカのイヌイットの一部やシベリアの先住民の一つガナサンでは、野生トナカイ狩猟を中心とした生活を営んでいるが、トナカイ飼育は元来シベリアの古アジア系、サモエード系、ツングース系、トルコ系の諸民族、およびスカンジナビアの先住民サーミで行われ、北米では近年ヨーロッパから導入されるまで行われていなかった。トナカイは肉や血は食糧に、皮革は衣料や住居材に、骨や角(つの)は各種の道具となって極北の人々の生活を支えている。家畜化されたものはそりを引いたり、荷を運んだり、騎乗して重要な交通手段となるほか、一部では搾乳してその乳製品を重要な食糧にしている。
[佐々木史郎]