ŞeyhSait(その他表記)SeyhSait

世界大百科事典(旧版)内のŞeyhSaitの言及

【シェイヒ・サイトの乱】より

…1925年2月の大統領ケマル・アタチュルクの政教分離政策に反対するクルド人が反乱を起こした。反乱はナクシュバンディー教団の長,シェイヒ・サイトŞeyh Sait(1865‐1925)によって指導され,またたく間に東南アナトリアに拡大した。トルコ政府はただちに軍隊を派遣して,これを鎮圧した。…

※「ŞeyhSait」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

大寒の用語解説を読む