《吉祥天厨子扉絵》(読み)きっしょうてんずしとびらえ

世界大百科事典(旧版)内の《吉祥天厨子扉絵》の言及

【鎌倉時代美術】より

…従来平安後期の作品と考えられていた法華寺の《阿弥陀三尊・童子像》がこの時期の制作ではないかといわれだしたのも,上記のような考え方に関係している。1213年(建保1)の浄瑠璃寺《吉祥天厨子扉絵》(東京芸術大学)はその本尊である吉祥天像とともに,当時の奈良文化圏独特の保守性を示している。また工芸の分野でも,釈迦信仰のあらわれとして舎利を安置するさまざまな形態が考案された。…

※「《吉祥天厨子扉絵》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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