世界大百科事典(旧版)内の《歩道》の言及
【佐藤佐太郎】より
…1927年初めて斎藤茂吉に会い,その門人となる。都会生活に沈湎(ちんめん)する青春のメランコリーと,社会全体を浸す1930年代の鬱屈した時代的空気とを鋭敏繊細な感覚でとらえ,処女歌集《歩道》(1940)によって早くも歌壇の新しい旗手としての地位を確立した。茂吉の唱える〈短歌写生説〉の実行をめざした属目(しよくもく)詠嘆に間違いないが,内向的な資質にも導かれ,爾後《しろたへ》(1944),《立房》(1947),《帰潮》(1952)など各歌集ごとに自然観照を深めていき,しばしば周囲から社会性や歴史感覚の欠如を批判されながらも,頑固に自己歌境を守りつづけ,老年期に及んでからは漢詩的世界に自在の境地を見いだした。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」