《浦嶋明神縁起》(読み)うらしまみょうじんえんぎ

世界大百科事典(旧版)内の《浦嶋明神縁起》の言及

【丹後国】より

…中世では名勝天橋立がようやく諸国に喧伝され,早く《慕帰絵詞》(南北朝期)に描かれたが,応仁の乱後には画僧雪舟が不朽の名作《天橋立図》を残し,智恩寺は九世戸文殊(くせどもんじゆ)の名で天下に知られ,将軍義満らもしばしば参詣した。宇良神社の《浦嶋明神縁起》も当地に残る中世絵巻の遺品として貴重なばかりか,浦島伝説の普及や田楽の流行を物語る資料として興味深い。 戦国期の当国は守護一色氏に関する史料がきわめて乏しい反面,《丹後国御檀家帳》によって同氏の戦国大名支配の構造がよくうかがわれる。…

※「《浦嶋明神縁起》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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