《鵤荘引付》(読み)いかるがのしょうひきつけ

世界大百科事典(旧版)内の《鵤荘引付》の言及

【鵤荘】より

…1336年(延元1∥建武3)足利尊氏に味方した赤松円心と新田義貞とが当荘付近で合戦したが,法隆寺雑掌はそのために当荘損亡と訴えている。斑鳩寺には《鵤荘引付》と題する1398年(応永5)以降の当荘の記録が伝存しているが,これは室町~戦国時代の鵤荘を具体的に示す史料として貴重で,嘉吉の乱以後山名氏の軍政支配,応仁の乱以後の混乱などとともに,用水争論,一向宗検断,太子信仰などの当時の村落生活をも詳しく知ることができる。【石田 善人】。…

※「《鵤荘引付》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む