アゼリー(読み)あぜりー

世界大百科事典(旧版)内のアゼリーの言及

【アゼルバイジャン】より

…12世紀には,ハガーニー(?‐1199),ニザーミーが現れペルシア語で詩作した。アゼルバイジャン(アゼリー)民族はまだ成立しておらず,彼らはイラン人としてペルシア語文学の伝統を担った。 13世紀には,モンゴル帝国領に編入され,チンギス・ハーンの孫フレグがイル・ハーン国を開く(1258)と,アランとムガンには,ハーンの冬のオルドが置かれ,それを取り巻くようにモンゴル遊牧民の遊牧地が指定された。…

※「アゼリー」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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