世界大百科事典(旧版)内のアノモイオス派の言及
【アリウス】より
…とくに東方では皇帝の支持もあって,アリウス派が勢力をふるい,ニカエア派が迫害にさらされた。一方,アリウス没後のアリウス派はしだいに分裂し,極端なアリウス主義ともいうべきアノモイオス派(父と子が単に異なるとする),神学上の微妙な判断を避けたホモイオス派(父と子が似ているとだけいう),半アリウス派とも呼ばれニカエア派に近いホモイウシオス派(父と子が類質であるとする)の三つに分かれた。結局,この論争はカッパドキア教父の積極的な介入もあって,381年のコンスタンティノープル公会議において,ニカエア信条を確認することによって決着がつけられた。…
※「アノモイオス派」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」