アラウンパヤー朝(読み)アラウンパヤーちょう(その他表記)Alaungpaya

改訂新版 世界大百科事典 「アラウンパヤー朝」の意味・わかりやすい解説

アラウンパヤー朝 (アラウンパヤーちょう)
Alaungpaya

出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「アラウンパヤー朝」の意味・わかりやすい解説

アラウンパヤー朝
アラウンパヤーちょう

「コンバウン朝」のページをご覧ください。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

世界大百科事典(旧版)内のアラウンパヤー朝の言及

【コンバウン朝】より

…1752‐1885年。アラウンパヤー朝ともいう。1752年4月アバを陥れ,タウングー朝を倒したモン軍は,各地のビルマ人村落首長に臣従を要求したが,シュウェボーの首長アラウンパヤーだけはこれを拒否,周辺46ヵ村のビルマ人住民を糾合してモン軍に対抗した。…

※「アラウンパヤー朝」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む