アロ,L.M.de(読み)あろ

世界大百科事典(旧版)内のアロ,L.M.deの言及

【フェリペ[4世]】より

…しかしウェストファリア条約(1648)の結果,オランダは正式に独立を承認され,同じハプスブルク王家を頂くスペイン,オーストリア両国の国際的地位は大幅に低下した。宿敵フランスとは長年にわたって激しい対立抗争を続けてきたが,形勢は日増しに悪化し,オリバレスの失脚後,その後を継いだ新しい寵臣ルイス・デ・アロLuis Menéndez de Haroは,ピレネー条約(1659)によってスペイン,フランス国境周辺のロセリョン,セルダーニャ両地方を失うなど,ルイ14世に屈服した。国内では,オリバレスの強圧的な中央集権化政策に反発して,1640年からカタルニャ,ポルトガルをはじめ,アンダルシア,アラゴン,シチリア,ナポリなどで相次いで反乱が起こった。…

※「アロ,L.M.de」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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