アンリ・ド・ギーズ(読み)あんりどぎーず

世界大百科事典(旧版)内のアンリ・ド・ギーズの言及

【サン・バルテルミの虐殺】より

…フランスは1562年以来ユグノー戦争に突入していたが,70年ごろより新旧両派の抗争は小康状態にあり,その象徴として,新教派の総帥アンリ・ド・ナバール(のちのアンリ4世)とシャルル9世の妹マルグリット・ド・バロア(マルゴ姫)との結婚契約が成立し,8月18日パリで盛大な婚儀が行われた。しかし,旧教派の首領アンリ・ド・ギーズHenri I de Guiseは,新教派の重鎮コリニー提督の国政への影響力増大を嫌い,提督の暗殺を企てたが,これに失敗(8月22日),ユグノー派の総反撃を恐れ大量殺戮へと走った。この計画に王母カトリーヌ・ド・メディシスが荷担していたことは明らかだが,国王シャルル9世は最後の土壇場で計画への同意を余儀なくされたものと見られている。…

※「アンリ・ド・ギーズ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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