イベリア・アナーキスト連合(読み)いべりああなーきすとれんごう

世界大百科事典(旧版)内のイベリア・アナーキスト連合の言及

【アナーキズム】より

プリモ・デ・リベラの独裁(1923‐30)下,CNTは地下活動に入った。27年,マルクス主義がCNT内に浸透することを阻み,アナーキズムの理論的純粋性を維持する目的で,CNTとは別個に〈イベリア・アナーキスト連合(FAI)〉が結成された。その後FAIはCNTの実行委員会のような役割を担うが,内部対立が氷解したわけではなかった。…

【スペイン】より

…カタルニャ地方では,この事態を契機として,19世紀末以来同地方の地方主義運動を推進してきた保守・ブルジョア階層が勢力を弱め,プチ・ブルジョア階層を中心とする左派カタルニャ主義者に運動の主導権が握られていくことになる。労働・治安問題に関しては,プリモ・デ・リベラとの協力関係を築いた社会党とは異なり,CNTは非合法団体として地下活動を強いられた結果,過激なイデオロギー・グループFAI(イベリア・アナーキスト連合。1927結成)の指導下におかれ,つねに公共秩序を乱す主因となった。…

※「イベリア・アナーキスト連合」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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