世界大百科事典(旧版)内のウスール学派の言及
【十二イマーム派】より
…この聖伝に従い,法学者の解釈に余地を与えまいとする主張は17世紀のアフバール派にみられた。これに対し,18世紀に法学者の解釈権イジュティハードを主張したウスール学派が勝利した。この結果,王朝支配から独立する法学者の〈最高権威(マルジャエ・タクリードmarjah‐e taqlīd)〉説が再確認された。…
※「ウスール学派」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
…この聖伝に従い,法学者の解釈に余地を与えまいとする主張は17世紀のアフバール派にみられた。これに対し,18世紀に法学者の解釈権イジュティハードを主張したウスール学派が勝利した。この結果,王朝支配から独立する法学者の〈最高権威(マルジャエ・タクリードmarjah‐e taqlīd)〉説が再確認された。…
※「ウスール学派」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...