エカチェリノスラフ(読み)えかちぇりのすらふ

世界大百科事典(旧版)内のエカチェリノスラフの言及

【ドニエプロペトロフスク】より

…人口118万9000(1991)。1796年までと1802年から1926年までエカチェリノスラフEkaterinoslav,1796年から1802年までノボロシースクNovorossiiskと呼ばれた。市の起源は1783年で,1884年に石炭の大産地ドネツ炭田と鉄鉱の産地クリボイ・ログおよび黒海を結ぶ鉄道が開通してから工業が急速に発展した。…

※「エカチェリノスラフ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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