エノケン一座(読み)えのけんいちざ

世界大百科事典(旧版)内のエノケン一座の言及

【軽演劇】より

…もと浅草・玉木座の支配人,佐々木千里が主宰し,発足時の座員は中根竜太郎,石田清,藤尾純,有馬是馬,毛利幸尚,三島謙(曾我廼家五郎八),武智豊子(武知杜代子),羽衣歌子といった顔ぶれである。これと前後して,浅草オペラ館に,エノケンの新しい劇団〈ピエル・ブリアント〉が旗揚げし,あくる32年には,浅草最大の劇場である松竹座で常打ちすることになり,やがて看板も〈エノケン一座〉となった。こうして軽演劇は,東京全域に客層を広げ,既成のマジメ演劇のパロディを試み,新宿ではサラリーマン,学生,文士などの客層をつかみ,浅草では労働者層のファンを獲得した。…

※「エノケン一座」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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