エムス法(読み)えむすほう

世界大百科事典(旧版)内のエムス法の言及

【ウクライナ】より

…1846年キエフで結成された政治結社キリル・メトディウス団にはシェフチェンコのほか,歴史家で作家のパンテレイモン・クリシ(1819‐97),歴史家で作家のN.I.コストマーロフ(1817‐85)など,19世紀のウクライナを代表する知識人が参加し,スラブ連邦形成,農奴制廃止などを掲げたが,47年全員逮捕され,とくにシェフチェンコはその詩の反ロシア的な内容を理由に中央アジアへ10年間の流刑となった。19世紀後半,ロシア政府はウクライナ民族に対して激しいロシア化政策をもって臨み,63年にはロシアの内相P.A.バルーエフ(1815‐90)の指令によって,また76年にはエムス法によって,オリジナルと翻訳を問わずウクライナ語出版を全面的に禁止しただけでなく,ウクライナ語による劇,歌謡,講演までも禁止するという弾圧処置を実行した。ロシア帝国下で文化的活動の余地さえなくなったウクライナ人は,活動の場をオーストリア領ガリツィアに求めた。…

※「エムス法」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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