エルサレム会議(読み)えるされむかいぎ

世界大百科事典(旧版)内のエルサレム会議の言及

【パウロ】より

…律法に熱心なパリサイ派の一員として成人し,ユダヤ人でありながら律法をおろそかにするキリスト教徒を迫害したが,あるとき突然回心を体験し,それ以後とくに異邦人に福音を伝えるキリスト教の伝道者として活動した。当初はシリアのアンテオケ(アンティオキア)教会で伝道に従事し,いわゆるエルサレム会議(おそらく48年)ではアンテオケ教会の代表として,異邦人信徒に律法を守る義務を課そうとする動きに反対した。その後,やはり律法問題をめぐって,アンテオケ教会内で他のユダヤ人と衝突したため,独立し,主としてエーゲ海沿岸一帯に福音を伝えて(この旅行を通常《使徒行伝》の記述に従い,第1,第2,第3伝道旅行と呼ぶ),各地に教会を建てた。…

※「エルサレム会議」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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