オセイ・トゥトゥ(読み)おせいとぅとぅ

世界大百科事典(旧版)内のオセイ・トゥトゥの言及

【アシャンティ王国】より

…アシャンティ族は17世紀後半までは弱小国家群に分かれ,西のドマや南のデンキーラといった,より強大な国家に貢納していた。17世紀末,その弱小国家の一つであるクマシ(現在の都市クマシの付近にあった)の王にオセイ・トゥトゥが即位した。彼はデンキーラと強国アクワムの宮廷で軍事・財政の技術を学び,即位に際して,アクワムから祭司長アコムフォ・アノキーと軍事指導者を招き,銃や弾薬ももらった。…

※「オセイ・トゥトゥ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

アジア諸国の友好と平和促進とを目的としたスポーツ大会。第1回は1951年にインドで開催。原則としてオリンピックの中間年に行われる。主催はアジア‐オリンピック評議会。→アジア冬季競技大会...

アジア競技大会の用語解説を読む