世界大百科事典(旧版)内のオットーの特許状の言及
【教皇領】より
…この寄進領はカール大帝による774年のランゴバルド族滅亡によって拡大され,トスカナ南部のビテルボ,オルビエト,ソアナと海港都市グロセット,ピオンビノそれにベネベント公領境の町々も教皇領に加えられた。カールのこの寄進領は,962年神聖ローマ皇帝オットー1世の有名な〈オットーの特許状〉によって再確認された。しかしこの特許状は皇帝の上級支配権が教皇領全体に及ぶとうたっており,また皇帝のイタリア政策と10世紀以降の封建化の進行するなかで,教皇領はイタリア貴族たちに蚕食された。…
※「オットーの特許状」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」