世界大百科事典(旧版)内のオプリチニクの言及
【オプリチニナ】より
…イワン4世は困難なリボニア戦争,側近との衝突,大貴族への懲罰と彼らの反抗に直面して,1565年退位をもって国民を脅迫し,非常大権を得たうえで,特別の領域,軍隊,財政,行政をもつオプリチニナを創設した。この直轄領は公国の要地の半ばを占め,主に士族より成る独自の部隊オプリチニクoprichnikをもった。直轄領以外の地域は〈ゼムシチナzemshchna〉の名称をとり,貴族会議がこの領域を支配したが,重要問題についてはイワンの同意を必要とした。…
※「オプリチニク」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」