《オリュンピア大祭演説》(読み)おりゅんぴあたいさいえんぜつ

世界大百科事典(旧版)内の《オリュンピア大祭演説》の言及

【イソクラテス】より

…彼は,〈ギリシア人の血をひいていなくてもその文化をわかちあう人はギリシア人である〉というすでにヘレニズム時代を予見した考えをもっており,その見地から,ギリシアの諸ポリスが和解協力して共通の敵ペルシアを討つことを願っていた。《オリュンピア大祭演説》(前380)においてその主導権をアテナイに託したが果たされず,彼の念願は,マケドニア王フィリッポス2世(《フィリッポス》前346)とその息子アレクサンドロス大王によって達成されることになる。彼は哲学者プラトンより10歳ほど年長でソクラテスのもとへも出入りしたが,抽象的なイデアの世界を追求したプラトンとは異なり,実践的な知の涵養こそがフィロソフィアであると説いた。…

※「《オリュンピア大祭演説》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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