世界大百科事典(旧版)内のカストレン,M.A.の言及
【サモエード諸語】より
…カマシ語はかつて南部シベリアのサヤン山脈付近でも話されていたが今は消滅している。 サモエード語はフィンランドのカストレンM.A.Castrénが調査し,文典(1854)と辞典(1855)を著したが,現地人のプロコフィエフG.N.Prokof’evも文法概説(1937)を書いている。フィンランドのレヒティサロT.LehtisaloやハンガリーのハイドゥーHajdú P.,ソ連のテレシチェンコN.M.Tereshchenkoらにより言語研究が進められ,口承文芸を中心とした豊富な言語資料が集められている。…
【シベリア探検】より
…この辞典には270余の日本語の単語が含まれているが,これは当時ペテルブルグに滞在していた伊勢の漂流民大黒屋光太夫が監修を依頼されたものである。 1841‐44年および45‐49年,フィンランド出身の学者カストレンMathias Alexander Castrén(1813‐52)による西シベリアの民族と言語の調査が行われた。カストレンはその結果に基づいて,シベリアにおけるサモエード,フィン・ウゴル,モンゴル,チュルク,ツングース・満州の諸言語が過去において互いに近い関係にあったこと,およびその原郷がアルタイ山脈,サヤン山地であったとの仮説を提出した。…
【フィンランド】より
…さらにU.ハルバはウラル・アルタイ語系諸民族の民俗と神話を広く論究した。 言語学者カストレンMathias Alexander Castrén(1813‐52)はサモエード諸語とアルタイ諸語の研究に,ラムステッドはアルタイ諸語の比較研究に大きな業績を残している。カヤンデルの森林形態理論とウェスターマークの婚姻と道徳の起源に関する研究が有名である。…
※「カストレン,M.A.」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」