カハル・ムザカル(読み)かはるむざかる

世界大百科事典(旧版)内のカハル・ムザカルの言及

【ダルル・イスラム】より

…ダルル・イスラム系の軍隊は西部ジャワ各地で共和国軍との間にゲリラ戦を展開するとともに,独自の憲法を制定してジャワ島以外の各地のイスラム系勢力にも反乱に呼応するよう呼びかけた。カルトスウィルヨは62年6月に逮捕・処刑され,西ジャワの治安はようやく回復されたが,イスラム国家樹立の反乱は,その後も,元共和国軍士官カハル・ムザカルの率いるスラウェシ南部やアチェにおいて展開され,スラウェシ南部の反乱軍は65年にいたってようやく鎮圧された。スラウェシ反乱軍の宣言(〈新しいマジャパイト帝国主義を粉砕せよ!〉)にみられるように,これらの反乱の根底にはイスラム信仰の強さに加えて,ジャワ人による共和国支配に対する反発と憎悪があった。…

※「カハル・ムザカル」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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