カブース・ブン・サイード(読み)かぶーすぶんさいーど

世界大百科事典(旧版)内のカブース・ブン・サイードの言及

【オマーン】より

…最も人口密度の高いのは首都マスカトを中心とする地域で,海洋に飛躍してきた住民の性格はかなり開放的だが,内陸部の住民は閉鎖的かつ内向的で,両者は融和しにくい。
[政治,経済]
 1970年7月宮廷クーデタで首長に即位したカブース・ブン・サイードは,それまでの中世的鎖国状態を脱して積極外交を展開,71年アラブ連盟,国際連合,国際通貨基金(IMF)に加盟して国際的認知を得た。内政では憲法や議会のない専制君主制をとり,91年に至ってようやく,助言的機能を持つ諮問評議会を設けたが,国民の反発はそれほど強くない。…

※「カブース・ブン・サイード」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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