ガッサーン族(読み)がっさーんぞく

世界大百科事典(旧版)内のガッサーン族の言及

【ガッサーン朝】より

…南アラブの大部族アズド族の支族ガッサーン族が,4世紀にシリアに移住してキリスト教徒となり,5世紀にジャービヤを首都とし,死海からダマスクスにわたる地域に建設した王朝。6世紀の初め以降,ビザンティン帝国から年金を受けつつ遊牧民の侵攻に対して国境防衛の任に当たった。…

【シリア】より

…砂漠地帯から農耕地帯へのアラブの浸透は,長期間にわたってゆっくりとなされており,言語的にもまた混血の度合もはっきり境界線を引くことは難しい。ビザンティン時代にあってそのような辺境地方の半定住のアラブ系遊牧民の代表はガッサーン族であった。これと似たような部族が多くシリア辺境に住んでいたし,すでに定住化してしまったものも多くあった。…

※「ガッサーン族」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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