ガマラ,A.(読み)がまら

世界大百科事典(旧版)内のガマラ,A.の言及

【ペルー・ボリビア連合】より

…S.ボリーバルの大連合の試みが挫折して以来もペルーとボリビアの統合の可能性はつねに残されていたが,リマにおけるカウディーリョの権力抗争のなかで,ボリビア大統領サンタ・クルスが,前年リマ政府を追われたオルベゴーソと同盟を結びボリビアの指導下に連邦を樹立した。しかし両国がいかに歴史的共通点を有していたとしても,連邦による中央アンデス全体への版図拡大は,とくにチリの安全にとって脅威であり,チリ政府はリマ政府との合意により軍隊を派遣,翌39年1月,リマの北ユンガイでガマラA.Gamarra(1785‐1841)らのペルー軍とともに連邦軍と衝突した。この戦争で連邦軍が敗れ,連邦も解体した。…

※「ガマラ,A.」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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