キルション,V.M.(読み)きるしょん

世界大百科事典(旧版)内のキルション,V.M.の言及

【RAPP】より

…同年6月の《文芸の分野における党の政策について》の共産党中央委員会決議の後,ワルジンらの左派グループは離脱し,アベルバフL.L.Averbakh(アウエルバハとも呼ぶ)を書記長に,理論機関誌《RAPP》,隔週批評誌《文学哨所》を擁して活動した。リベジンスキー,フールマノフ,キルションVladimir Mikhailovich Kirshon(1902‐38),後にファジェーエフ,エルミーロフVladimir Vladimirovich Ermilov(1904‐65)らが中心メンバー。最初は〈古典に学べ〉などの穏健路線が打ち出されたが,ボロンスキーAleksandr Konstantinovich Voronskii(1884‐1943)らの同伴者文学擁護派と激しい論争を繰り返すうち,政治主義的傾向が強まり,ゴーリキーやショーロホフをも含む非プロレタリア系作家に卑俗社会学的,世界観偏重の非難を浴びせ,その批評は〈RAPPの棍棒〉と恐れられた。…

※「キルション,V.M.」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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