クタイの碑文(読み)くたいのひぶん

世界大百科事典(旧版)内のクタイの碑文の言及

【インドネシア】より

…そしてこの時期以降さまざまな王国が興亡を繰り返した。4世紀末ころのクタイ(東カリマンタン)の碑文,5世紀半ばころのタルマ国(西ジャワ)碑文などの発見により,これらの場所に王国が存在したことが想定されている。その後7世紀半ばにパレンバン付近を王都として成立したスリウィジャヤ王国はマラッカ海峡を押さえ中国,インドとも交流し盛衰の波を繰り返しながら14世紀まで存在した。…

※「クタイの碑文」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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