クネレドの和議(読み)くれねどのわぎ

世界大百科事典(旧版)内のクネレドの和議の言及

【グスタブ[2世]】より

…スウェーデン国王。在位1611‐32年。グスタブ・アドルフともよばれる。スウェーデンの公カールの長子として生まれる。父は,スウェーデン王兼ポーランド王ジグムント3世(アドルフの従兄)と争ってこれをスウェーデンから追い,摂政(1599),ついで王となり(1604‐11),死後,17歳に満たぬアドルフに,スウェーデン王位とともにデンマーク,ロシア,ポーランドとの紛争・確執を残す。 デンマークとのカルマル戦争(1611‐13)は劣勢で,イングランド王ジェームズ1世の調停をえてクネレドKnäredの和議を結ぶが,過酷な賠償を負う。…

※「クネレドの和議」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

政府首脳が外国を訪問した際の会談内容や合意事項を記した外交文書。法的拘束力は持たないが,その内容は両国を事実上拘束する。類似のものに共同発表 joint statementがあるが,これはより記録的な...

共同声明の用語解説を読む