ケスラーニー朝(読み)けすらーにーちょう

世界大百科事典(旧版)内のケスラーニー朝の言及

【シルバン・シャー国】より

…アッバース朝の混乱に乗じたアラブのハイサムが861年マズヤド朝を建て,最初にシルバン・シャーShirvan Shahの称号を用いた。以後,イランのササン朝の子孫ムハンマド・ブン・ヤジードのケスラーニー朝(1067∥68‐1382),シャイフ・イブラーヒームのダルバンド朝(1382‐1538)と続く。首都は初めシャマハ,後にバクー。…

※「ケスラーニー朝」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む