ケリー・ギャング(読み)けりーぎゃんぐ

世界大百科事典(旧版)内のケリー・ギャングの言及

【ケリー】より

…アイルランド人流刑囚の息子だったため最初から色眼鏡で見られていたうえ,オーストラリア開拓史特有の大牧場主(スクオッター)と貧しい小農場主(セレクター),移動労働者との対立にまきこまれ,家族ともども家畜泥棒として頻繁に逮捕された。1878年母親まで逮捕されるに及んでビクトリア州北東のウォンバット山中にこもり,いわゆる〈ケリー・ギャング〉を結成,警官殺害,銀行襲撃など一連の犯行を重ねたが,80年6月,警官隊と銃撃戦の末,負傷して逮捕され,11月メルボルンで絞首刑にされた。対英独立戦争を戦わなかったオーストラリアでは,大英帝国への反抗の象徴のひとつに見たてられ,多くの小説,戯曲,映画に描かれてきた民衆ヒーローである。…

※「ケリー・ギャング」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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