《コルプス・ユリス・カノニキ》(読み)こるぷすゆりすかのにき

世界大百科事典(旧版)内の《コルプス・ユリス・カノニキ》の言及

【グレゴリウス[13世]】より

…ローマのグレゴリアーナ大学を初め,いくつもの神学院を創設し,多くの宣教師を養成し派遣した。すでに着手されていた教会法典の改訂も完成させ,《コルプス・ユリス・カノニキ》という表題を初めて用いて発布した。しかし,もっとも知られる業績は,すでに紀元前から用いられていたユリウス暦を改正したことで,82年10月4日(木)の翌日を10月15日(金)とすることによって週の周期を崩すことなく10日を省き,以後はユリウス暦のように紀元年数が4で割り切れる年をみな閏(うるう)年にするのではなく,100で割り切れる年は上2桁が4で割り切れる年だけを閏年にすることにした。…

※「《コルプス・ユリス・カノニキ》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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