世界大百科事典(旧版)内のコルペディオンの戦の言及
【セレウコス[1世]】より
…前301年イプソスの戦でシリア(南部のコイレ・シリアを除く)を獲得,地中海への出口を得て,以後は政策の重点を西方におく。前281年コルペディオンの戦により小アジアの大部分を獲得,さらにトラキア,マケドニアをも征服せんとしたが,途上で殺された。東方に多数の都市や軍事植民地を建設してギリシア・マケドニア人勢力の扶植につとめ,メガステネスをガンガー川流域へ,パトロクレスをカスピ海へ派遣して調査させたことでも知られる。…
※「コルペディオンの戦」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」