《コロッケの唄》(読み)ころっけのうた

世界大百科事典(旧版)内の《コロッケの唄》の言及

【コロッケ】より

…このコロッケが町の洋食屋にみられるようになったのは明治30年代のことであるが,日本人にとって最もポピュラーな洋食の一つになったのは1920年(大正9)以後のことと思われる。その年5月,東京丸の内の帝国劇場は女優劇10周年の記念興行を行い,その演目の一つに益田太郎冠者作の笑劇《ドッチャダンネ》を上演,その中で益田の作詞になる《コロッケの唄》が歌われた。〈今日もコロッケ,明日もコロッケ〉という,その歌はたちまち巷にあふれ,コロッケはハイカラな家庭料理としての位置を確立させたのである。…

※「《コロッケの唄》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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