サウード・ブン・アブド・アルアジーズ(読み)さうーどぶんあぶどあるあじーず

世界大百科事典(旧版)内のサウード・ブン・アブド・アルアジーズの言及

【サウジアラビア】より

…アブド・アルアジーズは部族社会とワッハーブ派の伝統の中で石油開発後の新時代に対応しなければならず,試行錯誤の統治を続けた後,53年に死去した。 後継のサウード・ブン・アブド・アルアジーズSa‘ūd b.‘Abd al‐‘Azīz(1902‐69。在位1953‐64)の時代は,東西冷戦の深まりとアラブ民族主義の高まりに直面し,振幅の大きい政策が展開され,とくに52年のエジプト革命で王制から共和制になったエジプトとの関係が動揺した。…

※「サウード・ブン・アブド・アルアジーズ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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